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社会はあなたにとってアウェイではない。社会的包摂を学び実践する社会学へ。

2021.06.04

グローバル化にともなう国際社会への貢献や競争力の強化という「外を向いた」国際化にとどまらず、日本国内の問題にも目を向けて、文化や宗教、民族などの枠組みを超えた多様な価値観を理解する学生の育み、外国につながる人たちを包摂した多文化共生社会の担い手を育成することを目的に2015年に発足した明治学院大学の「内なる国際化」プロジェクト。多文化共生社会を目指す新しい国際化の形を標榜するこのプロジェクトをとりまとめる社会学部社会学科の坂口緑教授は、「生涯学習論」を軸に「教育の公共性」のあり方について理論と実践を両輪に研究を続けています。社会制度が整備される以前の市民の活動が社会のあり方を決めていく。その社会過程を生涯学習という観点から明らかにするアプローチを試みています。近代的な学校制度が整備されたあとの社会にあっても、時代の変化に気づき、知的探求を続けようとする人たちは、各地に自主的な学びの場を作ってきました。2000年代以降、各地に見られる「新しい市民大学」も、多様な立場の人たちが多様な価値観と出会う場となっています。すべての人たちが学び、豊かに生きることができる社会はいかにして実現できるのか。坂口教授は、その可能性を学生や地域の人々とともに模索しています。

坂口 緑 社会学部 社会学科教授 東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、生涯学習論。お茶の水女子大学文教育学部非常勤講師、オーフス大学 デンマーク教育大学院教育哲学部客員研究員などを経て、2013年より明治学院大学社会学部社会学科教授。2020年より本学宗教部長を兼任。著書に『コミュニタリアニズムのフロンティア』『テキスト生涯学習』等。東京都港区社会教育委員、埼玉県社会教育委員等のほか、日本生涯教育学会第21期会長を務める。

政策や制度未満の実践から「教育の公共性」のあり方を問う

私が研究しているのは「生涯学習論」です。これは1960年代にはじまり、1980年代に定着した学問で、社会教育学の後続カテゴリーにある分野といえます。「学校以外で行われる教育」を研究領域として、子どもから高齢者まで幅広い年代の学習活動が研究の対象となります。生涯学習論研究が扱うテーマには、生涯学習の方法論、政策論、実践事例研究などがありますが、私はそのなかでも「国内外の生涯学習政策」に関心をもっています。政策といっても、法的な解釈についてではなく、どちらかといえばその周辺の、まだ政策の形になっていない、いわば制度化未満の実践や制度化を支えるボランタリーセクターによる実践など、政策や制度に育つ前の「芽」の領域を研究対象にしています。自治体が運営する生涯学習センターのような公的な施設だけでなく、たとえばNPO法人とボランティア・スタッフによって運営される「シブヤ大学」など、一般には市民大学と呼ばれ、私が「ソーシャル系大学」と名付けている自主的な学びの場も調査・研究の対象にしています。もう少し抽象的に表すと、「教育の公共性とは何か」という問題を扱う研究と言い換えられると思います。

時代や社会に要請されるさまざまな課題によって教育の「制度」は変移していきますが、それが社会でどのように選択され、実行されていくのかというプロセスに関心をもっています。たとえば、学校外で教育支援活動をしている自主的なグループがどのように制度に守られているのか、あるいは阻害されているのかを調査し、青少年教育からカルチャーセンターなどでの成人学習も含めて、現実の社会や地域のコミュニティのなかで「学校教育以外の場で行われる多様な教育活動」を可視化し、支援しながら、そのしくみが「教育の公共性」の観点から誤った方向に進みそうな場合にはブレーキを掛ける。そのための調査・研究といえるのではないでしょうか。

私がこうした分野の研究に興味をもったきっかけは二つあります。一つは、高校生のときに1年間休学をして交換留学生としてデンマークに滞在したことです。高校生の社会的地位と期待される役割、大人の子どもに対する関わり方など、日本とは大きく異なる環境に身を置いたことによって、世の中とは所与の条件がすべてではないということを意識するようになりました。

特に留学時代の後半、対話を重視するデンマークの成人教育機関「フォルケホイスコーレ」において、国籍も年齢も異なる大人たちと4ヶ月半の寄宿舎生活を経験したことには大きな影響を受けました。フォルケホイスコーレでは、麻薬中毒から更生中の若者、何らかの事件を起こして保護観察期間が終了したばかりの人、イランやスリランカから難民として亡命してきた人と、夜な夜なコーヒーを片手に話し込む生活を経験しました。デンマークは古くから教育や福祉を重視する国ですが、実は民間の教育の場のほうが学校などの公教育機関よりも歴史が古いのです。農民たちが集まって農業の技術を交換する成人のための学校ができたり、現地語に翻訳された聖書を学ぶ小さな集まりがやがて子どもたちに読み書きを教える学校になっていくなど、公教育の制度が整う前からすでに民間で教育の場が誕生していて、むしろ公教育はそれらをお手本にしてきた経緯があり、産業革命期のイギリスに由来する近代的学校制度とはやや異なるルーツをもつ民衆教育のあり方が、現在に引き継がれています。こうしたデンマークの「学校教育の外側に広がる豊かな教育の現場」に触れたことが、今の自分の研究に結果として結びついていると思います。

もう一つのきっかけは、大学院で社会思想史を学ぶなかで、第二次世界大戦後のドイツにおける思想と政策の相関関係について知り、公文書をたどりながらヘッセン州の学校教育制度改革をめぐる議論について修士論文をまとめた経験で、現在の研究につながっています。ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスの1970年代以降の論文集『理論と実践』や『認識と関心』を遡って読み、社会科学の理論が実践を前提に論じられ、それらは相対的なものである、ということを理解しました。『認識と関心』は、社会心理学を偏重する当時のドイツ社会に対する危機感からまとめられた論文集で、社会制度はそのときどきの人々の関心の枠組みによって良くも悪くも導かれるという前提で書かれていました。

それまで私は、西洋哲学史を学ぶことが社会思想史を学ぶことだと思い込んでいたのですが、社会制度はそのときどきの支配的な言説によってできているのだから、その総体を見ようとすることが社会思想史を知ることなのだ、ということをこのときの読書体験によって理解したのです。こうしたことから、「教育政策のなかの思想と制度の連関」を自分の研究テーマにしたいと考えるようになりました。

社会はあなたにとってアウェイではない。
あなたは社会を構成する一員であり、しくみを変えることもできる

現在、私が担当する講義は、社会学科の3コースすべてに開かれ、国家資格に準じる資格でもある「社会教育士」もしくは「社会教育主事任用資格」の取得に必要な領域を少しずつ解説する概論になります。春学期には、明治期以降の社会教育の歴史から社会教育行政のしくみ、公民館、図書館、博物館など社会教育施設の機能と役割、生涯学習政策への転換、生涯学習の現代的課題など、日本の社会教育についての知識を深める講義を行います。秋学期には、ユネスコやOECDで生涯学習が教育政策提言の一部として採り入れられた1960年代から1970年代にかけての歴史、その後の先進国と途上国における生涯学習に対する関心の差異、OECD加盟国のいくつかにおける教育制度を解説します。また、2000年EUのリスボン戦略において生涯学習政策が教育や訓練の領域で雇用力(employability)と市民性(active citizenship)の向上のために重視されるようになった経緯、その後のEU加盟国における生涯学習政策の展開、生涯学習理論の理解など、グローバル社会での社会教育の動向も学びます。そのときどきに話題となっている調査や白書などを取り上げつつ、日本社会とグローバル社会を行き来しながら講義を進めていきます。

私がつねづね講義を通して伝えたいと思っているのは、「社会はあなたにとってアウェイではない」ということです。専業学生をしていると講義で取り上げる内容に興味をもてないこともあるかもしれませんが、それでも社会に出たとき、あるいは地域のコミュニティで何かの役割を担うようになったときに、ここで学んだことは必ず役に立つはず、と思って話をしています。大学での学びを通してさまざまな知識と経験を得ることで、あなたが社会の制度や自治体の進める各種の事業、社会教育関連の公的施設などと関わりをもつようになったとき、「ああ、そういうことだったのか」と気づく瞬間があると思います。大学で得る知識や経験は、「社会は決して自分にとってアウェイではない。自分もまた社会を構成する一員であり、社会とコミットすることでしくみ自体を変えることもできる」と思える裏付けになる。そう確信しています。

2020年度からは、「社会教育演習実習1」という名称でゼミを開講しています。「社会教育士」という国家資格に準ずる資格要件のために1単位分の実習が必要になるカリキュラム再編に対応したものですが、実習として昨年からゼミ全体で東京都港区生涯学習スポーツ振興課の事業「まなマルシェ」に参加しています。「まなマルシェ」とは、港区在住、在学、在勤の人たちが集まり、区民のためのプログラムをみんなで考える学びの場です。私が長く港区の社会教育委員をしてきたことから、「地域住民と学生が交流しながら学ぶ場があると良いのでは」と提案し、事業化に至った経緯があります。これまでは、個人として政策についての助言やコーディネーターとして港区の社会教育行政に関わってきましたが、昨年からはゼミの一環として学生たちとともに参加するようになりました。

従来は港区生涯学習センターに参加者が集まり、講座を開催してきましたが、昨年は新型コロナウイルスの影響により急遽オンラインでの開催になりました。私のゼミからは15名が参加し、港区をもっと知るためのクイズ企画、オンラインかるた、オンライントラベルなどの企画を実施。学生たちにとっても、また参加した港区在住の方々にとっても、異なる世代が交わるイベントは想像以上に面白く手応えがあったようです。コロナ禍で各地の生涯学習活動が足踏みを余儀なくされるなか、港区のこの事業は予定を大幅に変更しながらも柔軟に対応して実施できたこと、そしてそのプロセスに学生とともに参加させてもらえたこと自体が大きな学びとなりました。

社会教育や生涯学習の分野では、こうした一つ一つの議論や経験を積み重ねていくプロセスそのものがとても重要な学びの材料となります。公的な予算を使う必然性があるのかどうかが一つ一つの案件でつねに問われる分野のため、こうした「地面を耕す」ような事業の意義をどのように自治体と住民が共有していけるのかが課題になります。2021年度は6月から始まり、ゼミの3年生が2チームに分かれて参加します。今年はSDGsを踏まえて貧困やジェンダーギャップをテーマにオンラインプログラムを企画運営する予定になっています。

「内なる国際化」プロジェクトを通して真の多文化共生社会のあり方を模索

現在、明治学院大学が進める「内なる国際化」プロジェクトで、私は窓口役として活動しています。これは、大学のグローバル化の促進にあたり、国際社会への貢献や競争力の強化という従来の国際化にとどまらず、日本国内にも目を向けて、文化や宗教、民族などの枠組みを超えた多様な価値観を理解する学生の育み、外国につながる人たちを包摂した共生社会の担い手として、人権問題などに鋭い洞察力をもった学生を育成することを目的に2015年に発足したプロジェクトです。当初は社会学部と教養教育センターの共同プロジェクトでスタートし、その後、学長プロジェクトとして全学的な動きに広がっています。授業や実践を通して国や民族を超えた「個人」と「個人」のつながりを学ぶことで、多文化共生サポーター、多文化共生ファシリテーターの認証を行うなど、キリスト教主義教育を実践する明治学院大学らしく、他者を理解し他者とともに歩む、多文化共生に貢献し得る人材を育むプロジェクトです。

このプロジェクトと関わるなかで、私自身も多文化共生政策について改めて強い関心をもつようになりました。社会学部付属研究所特別推進プロジェクトのなかで教育政策に関心をもつグループの1人として、愛知県豊橋市、神奈川県川崎市、京都府京都市、大阪府大阪市など、「多文化共生政策の先進地」といわれる地域に足を運び、専門家やNPOの方々にお話をうかがう機会ももちました。移民政策をもたない日本では、多様な外国人に関わる課題に対して地域でなんとか対応しているのが現状です。地方自治体が同和教育・同和行政や在日韓国・朝鮮人に対する差別問題等に丁寧に対応することによって培ってきた施策の方法論と、冷戦期に発達した姉妹間都市交流のスキームが冷戦終結後に国際交流あるいは国際協力という形で継続されてきた外国人との交流チャネル、そして生活上の課題を共有しながら発達してきた自助グループやそれを支援するNPOやNGOなどが草の根的に多文化共生を進めています。

こうした地域の実践から、自主グループの柔軟さを学びながら、制度の欠如など、海外につながる人たちの社会生活上の不自由さをどのように解消できるのかを考えています。プロジェクトに参加する学生たちは、自分たちが難なく超えてきた学業達成のハードルの高さを、難民背景をもつ子どもたちへの学習支援をとおしてはじめて実感します。「解を求めよ」といった学習言語の複雑さ、国家間の制度の不備のためにライフコースの見通しさえ運命に翻弄される家族の姿を目の当たりにします。他方で、多言語を習得して医師を目指すと語る小学生や、年上の人と屈託なく国際政治の話をする大人びた中学生の姿に、尊敬の念を抱きます。そして、休み時間にふざけ合う楽しげな子どもたちが、日常的に兄弟姉妹の世話をし、日本語に自信を持てない両親の代わりに家庭外の大人との交渉役を担っていることを知り、集中して学習できる機会がどれだけ貴重なのかを理解します。海外留学を経験した学生にとっても、日本社会の課題を新たな観点から知る機会になっているようです。「内なる国際化」プロジェクトは発足して今年で6年目ですが、社会福祉法人「さぽうと21」、ファーストリテイリング財団による大きな支援と協力のもと、プロジェクトに関わる学生たち、そしてプロジェクトに関わる熱心な教職員とともに、どうすればよりよい多文化共生社会が実現できるのかを模索しているところです。

生涯学習論の研究者は、各自治体の教育委員会などに置かれている審議会の委員に携わる機会が多いのですが、私自身も、東京都港区、文京区、神奈川県、埼玉県などの委員を務めています。今、社会教育・生涯学習の分野でも、社会的包摂が大きな課題となっており、特に外国籍住民にとって暮らしやすいコミュニティの実現のためには何が必要かといったテーマが各審議会で取り上げられるようになってきました。私も各自治体の計画や事業を設計する際の助言者となる場合もあることから、社会的包摂をどのようなアクターが、どのような手順と規模で実施すべきかを考えるようになりました。日本社会における難民認定の問題や非人道的な入管の対応、問題の多い技能実習制度、国籍のないまま暮らさざるを得ない人たちなど、早急に対応すべき問題が山積しています。他方で、滞在期間が長く日本語を流ちょうに話せたとしても外国籍住民が直面する問題も多々あります。社会参加の手立ても、学び直しの機会も貧弱であることが社会のポテンシャルを低減させています。そのような定住志向の外国籍住民のニーズにも向き合う必要性も感じているところです。

コロナの影響によって経済的低迷が長く続くと、生涯学習関連のプログラムにおいても、今までのような「生きがい」や市民活動に関連するものは不要とされ、より人的資本育成に社会全体がシフトしていくことが見込まれます。しかし、それ一辺倒にならないように、EUのいう市民性、すなわち「社会の形成者の育成」にも注意が払われる必要があります。多文化共生社会の問題も含めて、今私たちが生きるこの社会からあらゆる心配事がなくなること、10年後にこの文章を読み返したとき、私が懸念しているような諸問題のすべてが陳腐に見えるほど克服されている、という状態が理想です。そのためにも、理論と実践を両輪にしながら、学生たちとともに今できることに力を注いでいきたいと考えています。

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