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平和は妥協して黙ることとは違う。お互いにとって良い方向へと、争いを非暴力的に転換(transform)することから始まる。

2021年1月、核兵器禁止条約が発効しました。核兵器の使用禁止はもちろん、使用の脅し、保有、製造、研究開発、そしてそうしたことへの支援まで、核兵器に関わるあらゆる活動を非合法化する初めての条約です。そこには核の被害者の救済や、放射能汚染の除去についての条項も含まれています。核軍縮を新たに人道性の視点から、そして地球環境の問題としてとらえるこの条約の発効にもかかわらず、「むしろ現在、核戦争が起きてしまう危険性は高まっている」と高原孝生教授は話します。高原教授は明治学院大学国際学部創設メンバーの一人であり、国際政治学、特に平和研究や核軍縮の諸課題に取り組んできました。また現在は本学「国際平和研究所(PRIME)」所長として社会に向けてさまざまな発信をしています。高原教授が、いま、平和学、平和研究を通して若い世代に伝えたいこととは?

高原 孝生 国際学部 国際学科 教授 1978年東京大学法学部(政治コース)、1979年同法学部(公法コース)をそれぞれ卒業。東京大学法学部助手、立教大学法学部助手などを経て、1985年、明治学院大学に着任、国際学部創立メンバーの一人となる。専門は国際政治学、平和研究。2014年から本学国際平和研究所長。Peace History Society 国際評議員、日本平和学会と日本軍縮学会の理事を務め、パグウオッシュ会議や第五福竜丸平和協会、NPO法人ピースデポにも参加。

平和研究とは? そして平和とは何か?

皆さんは「平和」という言葉からどういったことを思い浮かべますか? 戦争がない世界? それは本当に大事なことです。平和は人が大切に思う価値の一つであり、平和研究とは、平和価値の増進を目的とする研究です。私のゼミの学生たちは「戦後日本の国際関係」をテーマに学んでいます。第二次世界大戦で敗北した日本人にとって「平和」とは、何よりも、もう戦争はしない、ということでした。国として戦争を放棄したことを定めた日本国憲法が「平和憲法」と呼ばれるとおりです。

しかし戦後世界では、アメリカとソ連を中心に未曾有の軍拡が進み、人類が核戦争で根絶やしになるという脅威にさらされ続けました。天井まで爆薬が積まれた兵器庫で、男たちが引き鉄に指をかけて銃を向け合っている、というたとえどおりの、危険な状態です。

だから核戦争を回避することが、戦後一貫して国際社会の第一の課題でした。1965年に国際平和研究学会が設立された際の問題意識も、そこにありました。1989年のベルリンの壁崩壊、そして冷戦の終結にもかかわらず、脅威は今も続いています。それこそが核兵器禁止条約ができた理由です。

他方で1970年前後から、「平和」の概念に変化が訪れます。それは、たとえ戦争がなくとも、とても平和とは言えないような状態が世界にひろく存在することに、多くの平和研究者が気づかされたからです。たとえば飢餓や貧困のせいで、健康に生をまっとうできない人たちが多数、発展途上国に存在します。それも平和が奪われた状態ではないのか、という発展途上国の研究者からの問題提起によって、こうした「南北問題※1」も、新たに平和の問題として議論されるようになりました。

貧困や飢餓は、いわゆる先進諸国でも深刻です。問題が見えなくなっているとしたら、それ自体が問題なのです。人々から平和を奪っている社会のあり方、世界経済のつながり方自体を、問題にしなくてはなりません。そこで人間の本来の可能性を妨げるものを「暴力」としてとらえなおし、それを少しでも減らしていくことを、平和研究の目的に据える、ということが始まりました。直接的な暴力だけでなく「構造的暴力」をも問題にする視点への転換です。国家間の戦争もまた、人としての個人を抑圧し傷つけ、共同体を壊してしまう、という観点から問題視するのです。

人はお互いを傷つけ合う力を持っています。どんなに弱い人間でも、相手を油断させて殺すことは、できるのです。家族同士でも、そうです。争いごとが起きたとき、暴力で解決しようとするのを、なくしていくことはできるのでしょうか。少なくとも、減らす努力をすることに意味はある、というのが、平和研究の考え方です。

この世が、一人一人異なる人間たちが作る世の中である以上、利害や考え方が衝突することは、なくなりようがありませんし、衝突をなくそうとすること自体が抑圧だと言えるかもしれません。この、人間社会に紛争は不可避だ、という認識が、まずは出発点になります。

だからこそ人は、個人間、集団間、国家間の対立を、非暴力的に解決するために、いろいろな制度を発達させてきました。いま、仇討ちや決闘は禁止され、西部劇のような撃ち合いやヤクザの出入りの世界は、過去のものとなっています。国家間の戦争も、前世紀以来の国際組織の発達のもとで、違法化が進みました。まだ途上ですが、こうした努力の上に、今があるのです。

紛争が避けられないとしても、避けられたはずの戦争、防げたはずの事故、抑えられたはずの暴力を、私たちは目の当たりにしています。なくてすんだはずの悲劇を少しでも減らしていくことは人間に出来るはずだし、努力に値するのではないでしょうか。

平和研究では「争い」を、相手や自分をよりよく理解する機会だと考えられないか、と問いかけます。そこから対立状況を解きほぐし、少し別の要素を加えたりして、お互いにとって望ましい道を見つけていこう、という発想をします。考えれば、人間にとって価値あるものは、相手から奪い取って得るのではなく、むしろ他者と一緒だからこそ、得られるものが多いのです。例えば、愛や友情は、相手あってこそのものですね。

このように紛争を非暴力的に転換(transform)する、というのが、今の平和研究が示している方向性です。邪魔な相手を抹殺してしまうという「解決」ではなく、将来に向けて相手と協力して価値をつくりだしていく、という道を探るのです。平和研究は、未来志向、価値志向、と言われるとおり、これからどうやって、お互いにとってよい未来をつくっていくか、というポジティブな態度が特徴です。それが、夫婦げんかから領土紛争までを貫く、争いごとに対する姿勢です。この発想は万能ではありませんが、現実世界にあまりに欠けていることなのです。

今そこにある核の脅威。平和学、平和研究ができること

2011年3月11日の東日本大震災により引き起こされた福島第一原子力発電所の爆発事故は、取り返しがつかない害をもたらす核の恐ろしさを私たちにあらためて教えてくれました。東西冷戦が終結して30年以上経ちますが、未だに全ての核兵器を解体する見通しは立っていません。それどころか核兵器の拡散はむしろ冷戦終結後に進み、実は現在、それが使われてしまう危険はむしろ高まっているとさえ、考えられています。

ようやく成立を見た核兵器禁止条約に対しても、実際に核を保有している米、英、仏、中、ロの5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮、さらには米国の「核の傘」の庇護を選んでいるNATO諸国や韓国、そして被爆国日本までもが、背を向け続けています。現在、核兵器の数は一万三千発を越え、「恐怖の均衡」「過剰殺戮」と形容された冷戦期の状況から変わっていません。核事故や、機器の誤作動で核戦争寸前に至ったという背筋の寒くなるような過去の事例も、次第に明らかになっています。

国際的な核廃絶キャンペーン「ican」が、「核廃絶の日」として世界に行動を呼びかけた 2011年6月25日に、 任意団体「Peace☆Ring」の学生たちは、ミュージシャンの中村里美さんから譲られた被爆アオギリを植樹した。

この現状を「抑止のため」と正当化する人たちがいますが、それは核攻撃の対象にされている国のことを考えない自己中心的な発想です。核兵器は本質的に攻撃的な兵器なのです。もし本当に撃つ気がないのなら、引き鉄に指をかけて相手に銃口を突きつけたままでいる(今の核抑止とは、そういうことです)のは間違っています。まずは銃を下ろすことから始めなくては、握手もできないでしょう。

米国をはじめとする少数の国のトップに「核のボタン」を握らせることが人類にとってどれほど破滅的なリスクをはらむものか、そして核兵器が一発でも使用されたらどのような惨禍が待っているのか。ヒロシマ・ナガサキがそれを教えてくれます。核時代のリアリズムは、核も戦争もなくすという理想主義的な対応を、逆説的に私たちに求めるのです。

教員の私も学生も「戦争のリアル」は知りません。それゆえ、いかに戦後になってからも、戦争が人々を傷つけ続けるものなのか、事実を知っていくことが必要です。兵器による殺傷だけをとってみても、沖縄をはじめ、日本でも不発弾処理がまだまだ現実の問題ですが、たとえば北フランスでは、百年以上前の第一次世界大戦の不発弾や地雷によって、いまだに被害が出ています。インドシナ戦争の枯葉剤被害、地中に残された途方もない数の対人地雷や不発弾、イラクの劣化ウラン弾被害なども、知られているとおりです。今のシリアやイエメンの内戦でも、どれだけの「戦争廃棄物」が後世に残されることになるのでしょうか。まさに「戦争は最大の環境破壊」です。

日常生活で目に入ってきにくい問題への想像力を鍛えるには、文献による学習とともに、現場に足を運び、体験者の話を自分の耳で聞くという経験が、とても意味を持ちます。知識を単なる知識にとどまらせず、自身の一部とするような、学びと習いが大事です。そして学生のうちに沢山の素晴らしい人たちに出会うことは人生を豊かにします。そのために、カリキュラムの「校外実習」をはじめ、さまざまなフィールドワークを試みています。

いま私が所長を務める本学国際平和研究所では毎年夏に、本学の学生と米国・アメリカン大学の学生が一緒に学び、広島・長崎、そして東京の第五福竜丸展示館などを訪れる「平和学サマープログラム(PSSP)」を実施しています。かつて原爆を落とした国の学生と落とされた国の学生が、核兵器の非人道性と、今もなおその脅威にさらされている現在の状況を乗り越えるために共に考え、議論するかけがえのない機会です。このPSSPを拡張して、中国や韓国、アジア諸国からの学生も一緒に平和学を学べるような、国際的なサマースクールに発展させることが、現在の私の「夢」でもあります。若者が交流して、自然に友達の輪を広げられる場が、もっともっと必要です。

2020年からのコロナ禍で、いちばん心を痛めるのは、自ら命を絶ってしまう若い人たちが急増しているというニュースです。君たちには、「生きる権利」がある、と声を大にして言いたい。そして一人一人が、与えられた生命を深く愛し、生き生きと自分らしい人生を送ってほしい。それができるのが平和なのです。そして、かなうなら平和を自分の生き方として選び取って、〝Do for Others〟でいうところの「他者」、すなわち、まだ声がみんなに届かないでいる弱い立場の人々のことを、自然に思いやることができる人になってください。それこそは、われわれが受け継ぐべき明治学院のスピリットです。

※1:南北問題 North-South divide
先進国と開発途上国の間の経済的格差とそこから発生する不公正な状況から生じる問題のこと。世界地図上で先進国は北側に多く、開発途上国が南側に多いことから、1960年代より使われるようになった言葉。