株式会社デンソー 入江氏・法学部 太田教授編
対談シリーズ Vol.2

アインシュタインも想像できなかった未来がやってくる

― 量子力学によって変わる「情報」の世界。そこから未来視点で学ぶ情報数理学部

10年後、20年後でも活かせる情報教育にするために

ここまでのお話で、数理科学が密接に関連する情報分野において、量子コンピュータの登場などにより、数学だけではなく物理の知識も必要であることがわかってきました。

入江

計算機のアルゴリズムは基本的には数学的な論理の積み重ねで構築するので、数学が必要なのはいうまでもありませんが、量子コンピュータの研究をしていると、物理インスパイアとでもいうような、物理的なモデルをベースとした計算手法を考えることもよくあります。かつてのコンピュータはCPUのみで計算していましたが、現在のコンピュータはスパコンも含めて並列計算を得意とするGPUを使うことが一般的になっています。物理の世界では、元々独立したエレメントが並列に動いていますから、効率的な並列計算の構築には物理的な発想が自然と出てくるのだと思います。

太田

確かにAIやディープラーニング(深層学習)などのアルゴリズムをみると、物理的な感覚が反映されているように思います。物理学では、「ある物理量を最も適した状態に持っていく=最適化」といった問題を考えることが多いですが、AIが答えを探し出す部分でも、物理学における最適化問題に近い考え方を積極的に取り入れているように感じます。

入江

私が半導体系の企業に入った時は、実は数理の難しいことは考えなくていいような雰囲気があって、自身のバックグラウンドである超弦理論とその数理をどう生かすか悩んだ時期もあります。しかし、機械学習やAIが登場し、量子コンピュータが当たり前の時代が来ることで、むしろそういう数理的なバックグラウンドを持った人材が求められるようになってきます。今、数理分野に興味のある学生には、とてもいい時期だと思います。

情報数理学部の中の「数理・量子情報コース」では何をめざしていますか。

太田

「数理・量子情報コース」は量子コンピュータを作ることが目的ではなく、量子コンピュータがどういうものであるかを基本的に理解できるようになってほしいと考えています。現在では遠隔で海外を含めた量子コンピュータにアクセスできるようになっていますから、まずはそういうものを利用しながら、理論的な側面も含め量子コンピュータを理解する学習から始めていきたいと思っています。量子力学は難解であることは確かですが、経験上では、若ければ若いほど柔軟に理解できると思っています。古典物理学の世界に長い間いればいるほど理解しづらくなる、その一例がアインシュタインだったのかもしれません。1~2年次の間は線形代数や解析学などの基本的な数学をしっかり学び、その次のステップで量子情報に触れていく流れを考えています。また、産学官連携にも力を入れるつもりです。学んだ理論に意味を見いだすのはやはり実社会においてであり、その意味では量子コンピュータを利用・研究している企業などと連携しながら、応用事例に接していくトレーニングをしっかりやりたいと思っています。

コンピュータが変わるということは、それを使うであろう一般的な社会人も数理の素養は必要になってくるのでしょうか。

入江

最近ではコンピュータで何かを処理する場合、さまざまなツールがライブラリとして提供され、中身を知らなくても使えるようになっています。しかし、その中で何が起こっているのかを知らないと、自身が望む形での柔軟な応用はできないと思います。私は素粒子理論出身ですので、根源の理解を追究したいという思いが強いということもありますが、その経験からも単に使えるだけではなく、基本的な原理をしっかり理解しておくことが大切だと思います。例えば、機械学習は今とても盛り上がっており、企業でも使われるようになりましたが、それはごく最近のことです。そして元々機械学習とは無関係なバックグラウンドを持った多くの研究者によって、現在の機械学習の発展と応用が支えられています。つまり今後10年、20年経った時に、必ず今とは全く違う技術が出てくるということ、そしてそれに対応していかなければならないということです。そのときに機械学習なり、量子コンピュータなりの根本を理解していると、それまでの知見を生かして、すぐに新しいものを使いこなせるようになると思います。

太田

それこそまさに私たちの情報数理学部がめざしているところです。もちろん大学としては、学生のキャリア支援を大事にした上で、就職した後しばらくしてディープラーニングの次に何かが出てきた時、またその次が出てきた時など、未来に起こる状況にも対応できるだけの知識と応用力を身につけた人材を育成したいと思っています。そのときに確実に必要になるのは、基礎的な数学とか数理的な感覚です。だからこそ、新しく開設する情報数理学部では、将来を見据えてそれらを学んで欲しいと考えています。

“デジタルネイティブ”のように、“量子ネイティブ”と呼ばれる世代が生まれる予感

入江さんのような企業人からは、情報数理学部の教育をどうご覧になりますか。

入江

「数理・量子情報コース」のカリキュラム構成案を拝見し、数理と情報の両方をしっかり身に付けよう、という印象を受けました。また量子情報だけを学ぶだけでなく、数理モデリングなどの情報や数理の分野にもしっかり力を入れていることにも良い印象を持っています。物理的なセンスや発想が役に立つ、という話をしましたが、その1つのエッセンスが数理モデリングにあると思いますし、量子情報と数理モデリングなどを勉強する中で物理の感覚を磨いていただければと思います。またこれからの時代は、自身が提案したアイデアや見聞きしたアイデアを自分でプログラムを書いて表現し、アルゴリズムを工夫し、計算機を使って確認しつつ勉強を進めることが大切だと感じています。数理と情報の両方をしっかり学ぶことで、これから出てくる未知の技術であったとしても自分のものにできる人材になることを願っています。

どのような高校生に入ってきてほしいですか。

太田

環境によっては数学に疎遠になっている高校生もいるとは思いますが、やはり数学を敬遠してほしくないという気持ちはあります。自然や社会の背後にある数理的な現象に興味を持つとか、ワクワクする感覚がとても大事です。意欲さえあれば入学後にしっかり学べる体制を整えますので、安心して入学してほしいと思っています。情報科学への応用を意識しながら、数理の考え方を量子コンピュータや量子情報まで1つの道筋としてつなげていく学部教育はまったく新しい試みとなりますので、2024年の開設までにしっかり構築していきたいと考えています。

企業としては、大学でどのようなことを学んできてほしいですか。

入江

量子コンピュータだけではなく、幅広く既存のコンピュータに関することも含めて勉強してもらいたいと思います。それは既存のコンピュータを使いこなすことで、量子コンピュータをどこでどのように使い、どのように実社会での活用に繋げていけば良いかがわかるからです。欲をいえば機械学習やデータサイエンス、コンピュータサイエンスに関する基礎を学び、そして量子コンピュータの数理を身に付けた学生であってほしいです。幸いなことに現在、誰もが本物の量子コンピュータにアクセスすることができる時代に突入しています。人間にはよくわからない量子の現象を、自分でプログラムを書きながら確認できるような環境が揃っています。そうなると “量子ネイティブ”というか、感覚的に量子の動きを理解できるような人材が、これからどんどん増えてくるのではないかと思います。物理的な感覚を備え、数理的な力で情報を扱うことのできる人材を社会に送り出していただけることに大いに期待しています。

太田

その意味では、既存の概念や価値観に捉われない、そんな感覚を持った若い人たちがどんどん育っていくことを楽しみにしたいと思います。