対談シリーズ Vol.4
情報数理の素養はあらゆる科学の基礎
友だちや家族のような存在のロボット、調べものといえばインターネットによる情報検索、キャッシュレスになりつつある経済活動。一見関係がなさそうなこれらの分野と時代変化の背景に、情報数理の力はどのような影響を与えているのでしょうか。今回は、経済学説史や経済思想史が専門の中野聡子副学長が進行役となり、遠隔育児支援ロボットの研究を進める電気通信大学人工知能先端研究センターの阿部香澄特任助教と、ウィキペディアの構造を分析・研究する大阪大学数理・データ科学教育研究センターの小串典子特任助教に、情報数理分野の重要性や情報数理学部への期待について、お話を伺いました。さらに女性の皆さんから見た「研究職」の魅力まで、多岐にわたり語り合ってもらいました。
(株)ChiCaRo 主席研究員(兼務)
(株)国際電気通信基礎技術研究所 客員研究員(兼務)
大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 特任助教(兼務)
それぞれの専門分野から垣間見える、共通点
まずは自己紹介を兼ねて、どのような研究をされているのか、簡単に紹介していただけますか。
学部生時代からずっと電気通信大学に在籍し、現在は人工知能先端研究センターの特任助教をしています。専門分野は、チャイルドロボットインタラクションや、ヒューマンロボットインタラクションなど、インタラクション(相互作用)の研究です。例えば、ロボットにどんなインタラクションが生まれたら、子どもがロボットと仲良くなれるかなどの研究を通して、人とロボットのコミュニケーションの在り方を解明しようとしています。最近では、それらの研究で得られた知見を保育や育児の現場にロボットや情報システムとして「導入」するといった応用にも力を入れており、保育・育児系の課題を解決し、ウェルビーイングを高めることに貢献したいと思っています。
本来の所属はJST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業さきがけの専任研究員で、現在は大阪大学の数理・データ科学教育研究センターの助教を兼任しています。統計物理が専門になります。統計物理というのは、ひとつひとつの要素の振る舞いと、要素がお互いに関わり合うことで成り立つシステム全体の振る舞いとの橋渡しをするような分野です。ですからこの分野は、ある意味この世のすべてが研究対象になり得ます。学生の頃は熱輸送を研究対象としていましたが、現在は、要素も相互作用もより多様で複雑な系として、ウィキペディアを研究対象にしています。
私はお2人と違って文系で、経済理論の歴史や経済思想史を専門にしています。ただ経済学は数学と無縁ではなく、人が情報をやり取りしながらマーケットで取引する仕組みを分析したり、実証したりする学問です。その経済学と数学が結びつくのは19世紀の中頃ですが、どのように経済学と数学が結びついてモデル分析や実証研究につながっていったのかを、私はそこに貢献した人の思想や残された史料などをもとに、図書館でコツコツ調べていくような研究をしています。しかし、昔のことを調べながらも、今後の経済学がどのような方向に進んで行くべきかには問題意識を持っています。その意味では、経済学と非常に関連の深い情報数理の研究やその成果には高い関心を持っています。
科学のベースは、数理的な見方と解析力だ
一方、副学長として大学行政を担う一員としては、新しい時代に人材を輩出し、かつ研究が社会に貢献できるような体制もつくっていきたいと思っており、情報数理学部の開設に向けて、情報数理の分野で先端的な研究をされている先生方のお話をお聞きするのを楽しみにしておりました。先生方の研究と、情報数理との関係をもう少し詳しくお話しいただけますか。
はい。私が行っているチャイルドロボットインタラクションの研究ではロボット作りやそこに搭載するAIや情報システムを作るのに情報数理の知識が必要なのは当然です。加えて、実験で得られたデータを分析する際にも、数理や統計学の知識がものすごく重要な意味を持ってきます。どれくらいそれらを身に付けているかで、ちゃんとした解析ができるかどうか、意味のある知見につなげられるかどうかが決まるからです。
どのような実験をしているのですか。
情報システムを実装したロボットを保育現場などに導入し、子どもと会話する実験や、一緒に遊ぶ実験などを行っています。何十人もの子どもを相手に行い、その場面を録画するのと同時に、ロボットに搭載しているセンサーで子どもとの距離や視線を向けた頻度などを計測し、数値データとして取り出して録画データと合わせて解析しています。
私は統計物理が専門ですから、数理はツールだと認識しています。阿部先生のお話にもあったように、科学ではまず研究対象を決め、データを取得し、そのデータを客観的に分析して対象の性質を議論するというのがスタンダードなアプローチです。ですから、科学に携わる以上、数理的な解析力は常に基本になるものだと思っています。
熱輸送を扱うような統計物理とウィキペディアの研究は、どのようにつながっているのですか。
ポイントは、多くの要素が相互作用の結果1つのシステムを作っているという点です。例えば水分子1個はニュートンの運動方程式にしたがって動いていても、コップの水は液体として振る舞いますし、温度が変わると水蒸気や氷になって気体や固体としての性質を示します。多くの相互作用によって、全体が個とは質的に異なる状態を示すわけです。ウィキペディアも、自由に参加した人々が自由に記事を編集することで成り立っています。専門家ではなくいわば「烏合の衆」が書いているにもかかわらず、20年以上も続く情報の集合として、今ではある程度信頼され、随分浸透しています。しかし、何が鍵になってうまくいっているのか、どの要素が大事なのかから評価しないと、うまくいっているシステムとしてのウィキペディアの仕組みはわかりません。ですからデータを取って解析し、理論モデルを立てて議論の俎にのせることが大切で、それには数理の力が不可欠です。
物質の分子の運動方程式の数理モデルが、ウィキペディアを分析するときのアナロジーになっているというのは、興味深いですね。ところで、ウィキペディアが崩壊しないのは、どういう状況だからでしょうか。相互作用が安定しているからでしょうか。
現在はそれなりに信頼して使っている状況ですが、それを相互作用の安定といっていいかは難しいですし、誰もが自由に編集できるため、水分子のように決まった相互作用があるとわかっている訳でもありません。ただ、これまで破綻もせず拡大しつつ続いていて、なんとなく上手くいっている不思議なシステムだと思います。