対談シリーズ Vol.6
なぜ明学が情報数理学部をつくるのか
2024年4月、明治学院大学に初めての理系学部「情報数理学部」が誕生。これまで蓄積してきた文系学問の知を活かしつつ、さらに社会に、他者に貢献していく明治学院大学の新学部設置への想いと今後について、今尾真学長と今井浩情報数理学部長が語りました。
“Do for Others”の実践を加速させる新学部。2024年、「情報」×「数理」でより良い情報社会の構築に貢献する。
時代の要請にこたえる新学部への期待
情報数理学部の新設という新たな歴史の始まりに立ち会えることに大きな期待を抱いています。本学では” Do for Others(他者への貢献)”という教育理念に基づいて、人文科学的、社会科学的な教育を行ってきました。そこに自然科学の分野が新たに加わることで大きな変化が生まれると考えています。
明治学院大学は160年以上の歴史の中で、教育に対する独自の文化を築き上げ、それを大きな財産としている大学です。情報数理学部をそこに融合させ、新しい領域を切り拓くことで、文・理の両面を備えた総合大学として発展させていきたいと思っています。
近年感じるのは、課題解決にあたって客観的なデータを根拠として示すことの重要性です。これまで自然言語で議論してきた領域に数値化された情報を取り入れることで、文系の学びがさらに深まるのではないかと期待しています。
自然科学の視点は現代においてますます大切になっています。本学ではすでに全学教育としてAI・データサイエンス教育を取り入れていますが、数理的な思考を持った人材を育成することは、もはや社会的要請です。情報数理の知見は今後さらに重視されると考えられます。
人が主役のAI社会を目指す
情報数理学部には、3年次から「数理・量子情報」「AI・データサイエンス」「情報システム・セキュリティ」の3つのコースが用意されています。それぞれ非常に特色のあるカリキュラムです。
今後、大きな発展を遂げていくであろう量子コンピュータと人工知能、そして健全な情報システムに不可欠なセキュリティ。それらの学びを提供するにあたり、既存のカリキュラムを調整するのではなく、ゼロからコースをデザインしました。多くの人が利用しているスマートフォンも、元をたどれば人の手で生み出されたものです。つまり、人はスマートフォンを“創造する”側にもなれるのです。学生の皆さんには、各コースでの学びを通して、与えられたものを使うだけでなく、自ら“創造する”力を身につけてほしいと思います。また、技術の進歩が急速な現代において、フロンティアばかり追っているとあっという間に陳腐化してしまう危険性もあります。だからこそ、数理的思考の基礎をしっかり身につけ、情報システムを深く理解した学生を育てていきたいと考えています。
本学は文系の大学でしたから、理系の学問に対して苦手意識を持っている学生も少なからずいます。情報数理学部を通して他学部の学生にも創造する力や数理的思考という観点が伝播してほしいですね。
私としても情報数理学部が他学部の学生をインスパイアできるような存在になることを目指しています。一方で本学が築き上げてきた財産を活かすべく、情報数理学部の方から文系学部と積極的に連携する姿勢も必要だと感じています。せっかく優れた技術を開発してもコミュニケーションが取れず、社会実装が進まなかったり、技術が暴走して問題が起きたりする可能性もあります。世の中に貢献できる技術を生み出すには、社会システムに精通した文系の領域と連携することが不可欠です。
私が専門とする法学においても「人工知能が人を裁くことができるのか」などのテーマが議論されるようになりました。また、人工知能が人の仕事を奪うのではとも懸念されています。何か問題が起きたときに解決方法を探り、調和を見出すのが人間の役割です。それを前提に、新しい技術や知識を身につけて時代に適合しながらも、人間らしく生きられる世の中になることを望みます。
人工知能は遺伝子解析や画像解析など情報を数値化できる理系分野においては大きな成果を上げています。しかし、法学のように数値化しづらい事象を扱う分野についてはまだこれから挑戦する段階です。私は長年、コンピュータの研究に取り組んできましたが、人工知能はやはり人間に代わるものではなく、あくまで人間を支援するものだと考えています。今後いくつかのブレイクスルーがあるかもしれませんが、その都度人工知能と人間、それぞれの得意分野を上手く認識しつつ共存していくことが大切です。人間の存在を前提としつつ、人工知能やロボットを活用して人間を単純作業から解放する。そして、解放された人々が創造性を発揮して新たな社会をつくり、人生をさらに豊かにしていく。そうした流れが望ましいと思っています。
文系の学問の蓄積を活かし、既存の文系学部と有機的に連携していく
-文理融合による相乗効果
さまざまな大学で文理融合が声高に叫ばれていますが、学生自身も文理の区別にとらわれず、積極的に学んでほしいと思います。情報数理学部に入る学生も既存学部の学生も本学での学びを存分に享受し、関心を持った分野は文理の領域を超えて学びとってほしいですね。
文理融合を速やかに実現するためには、教員レベルでの連携も不可欠です。そのために、情報数理学部の開設に伴い、全学の組織として情報科学融合領域センターが設置されます。まずはこのセンターを通じて、教員同士のコミュニケーションを深め、学びの質の向上につなげていきたいと思います。
現在、経済学部や心理学部などには文理を融合させるカリキュラムがありますが、それを全学部で提供できるように取り組みを加速しているところです。
生成AIを駆使すれば経済のさまざまなデータを分析して経営をサポートすることや、新たなアイデアを提言することもできるようになるでしょう。新入生が卒業する頃には、当たり前のように生成AIを使って研究を進めているかもしれません。また音声認識技術も大きく発展しており、人工知能と議論ができる時代も近づいています。そのような技術を文系の領域で活用することで、より良い社会に寄与できるかもしれません。技術のブレイクスルーが起きた現代社会の転換期に、明治学院大学が情報数理学部を新設することは、本学の新たな学びの幕開けとして大きな意義があると感じています。
私がこれまで育成してきたのは、法学という武器を持ち、声を上げる勇気を持って、社会的弱者に手を差し伸べられる人材です。そこに情報技術の力が加われば、“Do for Others”という教育理念をより高いレベルで実現できる人材を輩出できるようになると期待しています。
社会は多くの「Others=他者」で構成されています。情報数理学部としても“Do for Others”の伝統に基づいて新しい知の創造に貢献していきます。