女性研究者編
対談シリーズ Vol.4

情報数理の素養はあらゆる科学の基礎

― 多彩な分野との融合に大きな期待

「価値」や「質」など抽象的なことも、データを使うから実証が可能になる

中野

文系の人間としては、システムが機能しているとか、システムの質的なものを数学のタームでどう捉えていくのかが気になります。先程のロボットの話でも、子どもとロボットの相互作用を見るとき、「これは子どもにとって悪影響だ」「いいインタラクションだ」といった質的な部分は、数学的にどう捉えているのでしょうか。

阿部

確かにイメージしにくいかもしれません。例えば、子どもにはロボットが自立的に動いていると説明しておいて、実は幼稚園教諭に遠隔操作してもらった実験を過去に行ったことがあります。幼稚園教諭なら、子どもと仲良くなれるインタラクションができるだろうと考えたからです。しかし、見た目はロボットで、見慣れた先生と合致しないので、子どもは当然いつもと違う振る舞いをします。そこで、ロボットが子どもと会話をした回数、あらかじめ質問紙で回答してもらっていた子どもの性格、その場を観察していた母親の主観を数値化して、3つの関係性を解析します。するとシャイな気質の子どもには、始めからたくさん会話をしても仲良くなれず、社交性の高い子どもは、始めから会話をするほど仲良くなれるという結果が出ました。これは一例ですが、関連すると思われる要素を数値化することで、質的な議論に展開していくわけです。

小串

ウィキペディアの場合は、記事と編集者のどちらにもうまく捉えきれていないですが質的な多様性があるところに面白さを感じています。例えば、大勢の人が書いた記事を重要な記事と見なすこともできますが、単に論争性やそのときの人気の高い記事だったりします。よく編集されていて、内容が充実していることを「良さ」として知りたい訳ですが、そのためにはどんな記事を書いた人なのか、どんな人が書いた記事なのか、記事と編集者の性質が互いに関わり合って決まる指標が必要になります。記事や編集者の性質といった捉えづらい特徴もうまく指標を導入できれば議論できるようになるのですが、数理の力でシステムを切り出し議論を進められるようになる点がこうした研究の面白さでもあると思います。

中野

非常に面白いですね。実は経済学と数理の結びつきにも似たような話があります。熱力学や流体力学などの統計物理の数理的な構造や手法を経済学に持ち込もうと考えた初期の数理経済学者が19世紀にいました。市場の仕組みつまり価格の動きや人の行動は、人や社会の質的な問題を含んでおり、数理的に分析するには、物理学の手法を援用して今日まで進展してきた部分もあります。現代はコンピューター技術の発展や機械学習の理論など、いろいろなものが数値化されて社会にあふれるようになり、社会や人間に関わる問題は一層複雑なものとなりつつあります。そういうものをどう評価して受け止めていくべきかについては、さまざまな学問分野で問題になっていますが、まさにそうした研究を一つひとつやっていくことが我々に求められているのかなと思います。

テクノロジーと社会、文化。共存、またはよりよい相互作用の道をつくるフロンティアをめざして

中野

将来的な目標についてはいかがでしょうか。

小串

今取り組んでいる「さきがけ」においての研究では、ウィキペディアに集中しているのですが、次の段階として、ウィキペディアのようなシステムが持つ性質の普遍的な側面と、個別性に興味を持っています。ウィキペディアを通した比較にはなりますが、背景にある参加者の所属する文化とか社会の多様性や普遍性を議論できるようになればいいなと思っています。

中野

日本語版のウィキペディアと英語版のウィキペディアでは、ずいぶん違うところがあるのは経験的に知っています。文化や社会の構造に敷衍すると、日本語版は蛸壺的なのでしょうか?

小串

意外とそうでもないことがわかってきました。アニメ関係の記事が多いといった特徴はあるにせよ、英語版と同様に、様々な人が色々な記事を書いていますね。

阿部

私はコミュニケーションやインタラクションが研究の柱ですが、実は私自身はコミュニケーションがやや苦手なのです。だからこそ逆に、もっと知りたいという探究心につながって今の研究をしているところがあります。こうすれば解決できるのにという問題に気づきやすいからです。育児への応用研究も同じで、良い育児環境づくりのための知見を得ることと、育児支援システムなどの社会実装をめざしています。

中野

育児や福祉に携わっている人は、ロボットへの関心は高いのですか。

阿部

誤解を恐れずにいえば、新分野、新技術に興味があり、ロボット導入で育児の質を高めたいと考える人と、育児や福祉はやはり人でしょうとロボットを拒む人に二分されます。ただ、実態を知らずに拒否している人もいて、例えば祖父母とのビデオチャットによる育児支援ロボットと子どもが一緒に遊んでいる映像を見せると、技術導入に肯定的になる人もいます。

中野

ロボットを社会実装するとなると、倫理的な問題も大きくなると思います。本学が設置を計画している情報数理学部では、コンピュータサイエンスや情報理論、数理理論、統計学などを整備するのと同時に、情報倫理の分野にも力を入れていくつもりです。これまでの科学技術は、技術を使うことと、社会への影響を区別して考えることができました。しかし今日、AIは使わないでおくことはできない状況なのは間違いなく、一方で複雑な既存社会とAIのインタラクションをまだどう評価していいかわかりません。情報倫理は新しい教育研究分野ですから、全学で真剣に取り組めばフロンティアになれる可能性がありますし、社会的な意義も大きいと思っています。

「数学」だけではない「情報数理」という着眼。
じっくり取り組む基礎教育に大きな期待

中野

情報数理に関わる研究者として、本学が設置する情報数理学部にはどのようなことを期待されますか。

小串

今はもうAIや機械学習は本当に身近なもので、中野先生がおっしゃったように使わないという選択肢はなく、日常生活の中に情報数理はますます浸透していくのだろうと思います。そうなると、AIや機械学習の最先端を学ぶことも大切ですが、自分の力で解決の入り口に立てるような数理の基礎的な能力を涵養することの重要性も、ますます大きいと思います。それがあるかないかは大きな差になりますから、新たに設置される情報数理学部は、数理の基礎が学べる場であってほしいと思います。

阿部

小串先生と同意見です。基礎の重要性に関して、ふと学生時代を思い出しました。人を支援するロボット作りがしたくて知能機械工学科に入学しましたが、情報が必要だと気づき1年で転科を考えたほどです。しかし、基礎をしっかり教えてくれる大学だったため、結局転科しないまま、情報系の研究に携わることができています。そんな経験も含めて、数理の基礎をしっかりやっておくことは、どんな道に進むにしろ大切なことだと思います。

中野

英語を使うと海外の人とのコミュニケーションができるように、“数学語”ができると情報社会を読み解く力を養うことができるということでしょうか。

小串

物理の立場から言わせていただくと、数学と同時に物理も必要だと強調したいですね。データが手に入っても解析した結果を把握するには、物事の仕組みの基本的な構造を記述する物理の素養が必要で、数学はそれは与えてくれません。その意味で数学と物理を学べる数理という枠組みは良いなと思いました。

中野

情報数理の分野で研究したり、学んだりすることについて、女性として何か感じるようなことはありますか。

阿部

研究に関して能力面で違いを意識したことはありません。とりわけ私の場合は、育児と研究がダブルワークのような感覚で、一方のストレスをもう一方で発散していたようで、研究という仕事を楽しんでいます。

小串

研究においては、女性ならではの視点とか、男性ならではの視点というものも私は感じたことはありません。個人の違いの方が大きいですね。現状で数理の分野に男性が多いということはあるかもしれませんが、臆せず挑戦してほしいと思います。

阿部

明治学院大学は女性の割合が高いですから、サークルなどほかの学生生活で女性のつながりができますし、男性、女性を意識する必要はなさそうですね。

小串

性別や安心よりも、興味の対象を大切にしてほしいと思います。学生時代に少数派を経験したことは、私自身はその後強みになったと思っています。

中野

ありがとうございます。本学では、情報数理学部と同時に、情報科学融合領域センターを設置し、既存学部との連携を通して新しい研究のフロンティア、特に倫理的な側面を強く打ち出していきたいと考えています。お2人が果敢に新しい分野に挑戦されているように、本学も情報数理学部を起爆剤として発展するよう努力したいと思います。