村田学長・今井教授編
対談シリーズ Vol.5

新しい世界の扉を開く、情報数理の力

― 文理やジェンダーの垣根のない、学びの実現へ

速度の速い、時代の変化に対応できる鍵は、多様性

村田

情報は現在、社会的に非常に注目を浴びています。本学がこのタイミングで、ゼロから理系の学部をつくるにあたり、他の大学にはない独自性を打ち出していくためには、どのような方向に展開していくべきなのでしょうか。

今井

流行を追うものは短命に終わりますから、やはり本質的なものをしっかりと固めた上で、多様な世界に対応していくことだと思います。その点、情報数理学部は村田先生が数理を土台にして、そこから情報に展開していこうという思想のもとに、設計されたものだと理解しています。例えばデータサイエンス学科としてしまうと、データを解析するだけと捉えられがちですが、解析するにはプログラミングも必要ですし、確率・統計も勉強しなくてはなりません。AIなど他の情報分野の勉強も必要です。学部の名前は意外と影響が大きく、その中に閉じてしまいがちになります。情報数理学部は、基本的・普遍的な名前ですが、このことこそが多様性を可能にするのだと思います。

村田

ということは、名前だけでなく、カリキュラムも多様性を守るようなものにする必要があるわけですね。カリキュラムの多様性を守るということは、どういうことを意味するのでしょうか。

今井

先程の3コースでいえば、まず「数理・量子情報コース」では、情報について一番の基礎となる数理的なものから、量子の立場も含めてすべて学ぶことになっていると思います。現在、量子コンピュータに関しては人材が不足していますが、そうした人材を補う役割を担っていくことになるのではないでしょうか。「AI・データサイエンスコース」は、近い将来、ダイレクトに役立つことを学修することになるのでしょうが、そこでもさまざまな数理的な背景を身に付けていることが将来に向けて大切なのだと思います。また、情報システムが社会を動かしている事実を考えれば、「情報システム・セキュリティコース」も必須です。このように情報数理学部には、現在から将来にわたって対応できる基本的なコースが提供されており、相対的な視点を持ちながら情報数理の力をしっかり身に付けると同時に、可能な限りの範囲での多様性があると思います。数理的な考え方、論理的な考え方ができて、情報とは何かを踏まえた上で、データからいかにして知識を見いだすのか、そのためにはコンピュータをどのように使えばいいのか、その際にはセキュリティをどう守ればいいのかなどが散りばめられており、かつ詰め込みすぎず、整然とデザインされていると思います。

AIが人格を持つようになればなるほど、私たちにとって重要な「人間」としての自覚

村田

本学はこれまで人文科学、社会科学の6学部で教育・研究を行ってきました。一言でいえば、人間とは何かについて人文科学、社会科学の立場から追究してきたわけです。今、AIが急速に進化して、部分的には人間の持つ能力に近づくようなものも出現していますが、そうなると、本学の既存学部で培ってきた人間に対する興味の中に、今後はAIが入ってくるようなことがあるかもしれません。その場合、情報数理学部は既存の学部とどのように問題を共有してやっていくべきでしょうか。さらに、もしAIが人格に近いものになっていくとすれば、これまで人格教育に力を入れてきた本学は“AI倫理”に対して、どのように向き合い、取り組むべきでしょうか。

今井

文系の先生方や文系の学生たちが、人間を対象として研究することによって社会を理解していく営みは非常に大切なことだと思っています。AIに関してはいろいろな意見があり、AI(Artificial Intelligence)についても英語と日本語で若干ニュアンスが違うものの、私はあくまで“人工の”知能だと思っています。ですから、先生がおっしゃったようにAIがいよいよ人格に近いものを実現しようとする時代であればあるほど、「人間というもの」をしっかり知ることが必要なのだと思います。AIは人間ではなく、あくまでも人工の知能ですから、それを人格に近い側面も含めて社会で活用していく場面では、人間や人格がどのように形成されるべきものかをきちんと考えることが不可欠です。人間とAIの新しい社会を構想する上では、人間に関する研究や学問を、社会でより活用できるようにすることがポイントになると思います。

村田

予定通り認可されれば、情報数理学部は2024年4月にスタートします。これまで本学は、受験生の目には文系の大学として映っていたと思いますが、情報を学べるのならぜひ勉強したいという受験生が増えることを期待しています。情報を学びたいと考えている18歳くらいの若者に対して、先生はどのようなことを期待されますか。

今井

男女を問わず、新しい情報をつくっていくことに参画したい人が来られることを期待します。情報はいろいろな捉え方をされますが、理系色が強い大学の場合、男子学生が多く女子学生が少ないところもあります。しかし今後の情報は、多くの人が情報デバイスとしてのスマホを使うことを大前提として発展していくことになります。であれば、単に情報を与えられるものとして使うのではなく、自分たちが社会を良くしていくために使う、さらにはもっと新しいものをつくっていくことに参画するといった面から情報に関わる姿勢が求められます。そのためには、第4回の対談でも触れられていたように、ジェンダーを問わず広い見地から物事を捉えることが必要です。ChatGPTではまだ顕在化していませんが、以前には、バイアスが入ったデータをコンピュータが学習してしまい、明らかに間違った、あるいは偏った発言を出力してしまうという、あってはならないことがありました。これからの時代はダイバーシティ、インクルージョンがキーワードであり、みんながチームとしてお互いを支え合って新しい情報をつくっていくことになるでしょう。そういうことに共感し、関心を持つ学生に学んでほしいと思っています。実際問題として情報を推し進めていく際には、女性が持っている感覚や視点がものすごく重要で、男性もそういう感覚や視点を学んでいかなくてはいけません。このことこそが社会をより良くする情報システムをつくることにつながっていくのだと思います。

自然科学の共通言語「数学」が基盤にあるから、言葉や国の壁を超えることができる

村田

新しいものをつくろうというのは、あくまでも意欲の問題ですが、それを喚起してくれるのが例えば手元のスマホだったりすると、もはやジェンダーの枠だけでなく、理系志望とか文系志望からも離れてしまっていいのかもしれませんね。

今井

いわゆる理系とは、要するにシステムのことがきちんとわかる、数理的な思考を鍛えられていることだと思います。しかし、小学校から高校までの勉強の中でそういうものに興味を持ってきた人は、実は大勢いると思います。特に現在の若者は、起きたらすぐにスマホを手にする人もいるでしょうし、寝るときも横に置くなど常に身近に情報デバイスがある生活を送っています。情報をつくっていくということは、「どうしてこういうサービスがないのか」「こういうものをつくってほしい」「ないなら自分でつくろうか」などの発想から出発するものであり、理系とか文系とかは関係ないのではないでしょうか。情報数理学部で情報機器や情報システムについて精通し、数理的な思考能力を身に付けることができれば、より人生を豊かにできるようになると思っています。

村田

情報数理学部では、これまでのお話の中でも触れてきた「数理的理解力」「高度ICTの利活用」「社会とのつながり」に加え、「国際社会での活躍」の4つを教育の特徴として掲げています。情報数理学部の学生は、自然科学の“共通言語”である数学を学ぶことになりますから、国際的に活躍することへの壁はそれほど高くないと考えています。数式を1つ示せば、互いにわかりあえるわけですから。ただ、スマホで通訳できるのだから、日本語だけで通じるという考え方には陥ってほしくないですね。何らかのカタチで相手に伝えようとする感覚、発想を磨いてほしいと思っています。

今井

ICTがInformation and Communication Technologyの略であることからもわかるように、情報の世界の中心はコミュニケーションですし、インターネットはすでに全世界共有の社会基盤です。情報数理を学ぶことは、すでに世界を土俵に学んでいるのと同じです。高度情報通信技術(高度ICT)を利活用して、国際的なリーダーシップを身に付け、積極的に世界とコミュニケーションする姿勢を磨いてほしいと思います。