身につけるべきは完ぺきな英語ではなく「みんなの英語」
明治維新以来、日本の学校では西欧の進んだ文明を移入するために「英語が使える日本人」を必死に教育してきました。そんな日本の英語教育は、いま大きな曲がり角に差し掛かっています。いえ、正直に申し上げますと、私はもっと早く英語教育改革に着手すべきだったと考えています。
日本は世界の多くの地域とは異なり多言語社会ではありません。そのためか「言葉」の教育に関してはかなり保守的……これは外国語教育だけの問題ではなく、日本語教育においても見られる傾向です。たとえば、若い人たちの「ら抜き」言葉。現在の国語教育の上では「ら抜き」言葉は〝間違った〟表現なのかもしれません。年配者には不自然に聞こえるのでしょう。しかし、江戸時代以前はもちろん、明治・大正期、さらに大学生の親世代が生まれ育った昭和期でさえも日本人の話し言葉は今と同じではありません。言葉は生き物であり、時代と共に変化していくことのほうが自然なのです。ちなみに私の担当科目である「応用言語学」ではこうした若者言葉や言葉の変化、あるいは言葉とジェンダーなどのトピックも取り上げています。
日本は今、世界有数の少子高齢社会です。ということは日本語のネイティブスピーカーがこれから減っていくわけです。コロナ禍を乗り越えた後、日本にはますます多くの外国人が入ってくるはずですし、外国人と結婚する日本人も増えています。好むと好まざるとに関わらず、すでに日本も多言語社会へと歩み出しているのです。
そんな時代に求められる新しい英語教育は文法テストで100点を目指すような教育ではないと思います。私は米国の大学院で博士号を取得しましたが、そこには世界中の国々から留学してきた学生たちがいました。誰もが2カ国語以上を話せましたが、決してパーフェクトな英語を使っていたわけではありません。求められているのはネイティブな英語ではなく、国際社会で通じるいわゆる〝みんなの英語〟なのです。
しばしば「日本語を完ぺきにしてから英語を学んでも遅くない」という言語教育論を耳にしますが、それも21世紀のグローバル社会では遅れた考えといわざるを得ません。むしろ、そうした完ぺき志向がかえってバイリンガル教育の弊害になっていると感じています。グローバルコミュニケーションでまず重要なのは、完ぺきな英語ではなく、まだ知らぬ世界への好奇心と相手のことを理解したいという強い思いです。「ことば」は「こころ」があってこそ成り立つものです。
「英語を学ぶ」のではなく「英語で学ぶ」環境づくり
研究者としての私の専門分野は言語学ですが、その中でも特に教育分野に力を入れています。本学国際学部の言語教育のカリキュラムづくりにも携わってきました。
日本の新しい英語教育は早い時期からイマージョン式バイリンガル教育を取り入れることが望ましいと私は考えています。イマージョン(immersion)とは浸すという意味で、できれば小学生のうちから英語(もしくは他の外国語)を使う言語環境に浸され、外国語教育と並行して英語で理科や社会の勉強に取り組むことが効果的でしょう。
また、2020年度秋学期より「21世紀型リベラルアーツ教育のための教材・カリキュラム開発と実施:グローバル・シチズン育成を目指して」が始動しました。このプロジェクトは海外の大学や国際機関との連携によって、オンライン等のテクノロジーを活用し、海外の学生と一緒にリベラルアーツ教育のプログラムを学ぶことで、国際共通語としての英語能力を身につけた世界市民(グローバル・シチズン)を育成しようという学部横断型のカリキュラムです。コロナ禍の2020年秋学期にはハワイ大学マノア校とのオンライン共同講義 をスタートしました。日本にいながらのバーチャル留学を体験した学生たちからは「不安だった英語力に自信がついた」「学問への視野がぐっと広がった」「米国の学生は親切で楽しく取り組めた」など多くのポジティブな感想が寄せられました。
海外の著名大学はオンラインで他国の教育機関と連携する国際教育を「国際連携交流型教育プロジェクト(COIL)」として開発・実施しています。本学でもこうした試みを積極的に展開し、世界基準の英語学習・国際教育の環境整備を進めていきたいと考えています。
多様なバックグラウンドの学生と多文化共生を考える
ここで少し私自身の話をしましょう。私は小学校低学年で父の転勤により突然香港で生活することになりました。まったく言葉も通じず、文化もわからないので、悲しい思いや悔しい思いをたくさんしました。「トランクに入れて日本に送り返して」と両親に訴えたこともあったそうです。その後もヨーロッパや米国での生活を続ける中で同じような体験を繰り返しましたが、次第に悲しさや悔しさが多文化理解と英語学習へのモチベーションになり、自分は日本と海外の架け橋になる機会を与えられていると考えるようになりました。その思いが私の教育者・研究者としての原点です。
日本の大学を卒業後、カリフォルニア大学バークレー校大学院に留学しました。 language, literacy, and cultureをテーマに博士号を取得し、その後もカリフォルニア州立大学英米文学言語学部教員として米国に留まりました。教育を通じて米国の格差社会を解消する運動に貢献したいと思ったからです。教員の社会貢献活動として私はアフリカ系や、アジア、中南米からの移民に教育の機会を提供するグループに参加しました。そのときに見聞したことは、明学における私が担当する授業・ゼミに生かされています。
私のゼミは「グローバリゼーションと多文化主義」をコンセプトに、日本と諸外国における多文化共生への道のりを国や自治体の政策と教育・社会現場での取り組みにフォーカスして考察します。なぜか私のゼミに集まる学生もアジアやアフリカ、中南米などにルーツを持つ人たちが多く、教室の議論では英語と日本語が飛び交っています。
学生たちがこれからの多文化共生社会をよりよく生きていくためには、身近な問題としてマイノリティや社会的弱者に対する差別的意識・行動、あるいはジェンダーに関するステレオタイプ的考え方などをしっかり認識する能力が必要不可欠です。ゼミや授業を通してあるべき多文化共生社会について学生と一緒に考え、励まし、一人ひとりが自分の人生を切り拓くためのサポートができればと願っています。
多文化共生社会のポイントはごく簡単なことです。人にしてもらいたいことを誰かにしてあげること。そして自分がしてほしくないことは他人にも絶対にしないこと。そう、それは明学の教育理念 “Do for Others” そのものなのです。
私は香港に渡った子どもの頃から、ずっと人種差別、ジェンダー差別、あるいはOthering(日本語で言えばよそ者扱い)に対して、異議を申し立て、自分なりに戦ってきました。でもそろそろ学生たちの世代にバトンタッチする時期かもしれません。多様な人々が多様な幸せを手にできる、双方向・平等性を基本とする真の多文化共生社会のために、これからも私は明学の英語教育や国際教育の環境整備という自分の持ち場でベストを尽くします。