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書評【 紛争・開発・安全保障 ―人新世の「人間の安全保障」を再考する―】

安全保障論という巨木の変容

戦争がない状態を平和と呼ぶなら、国家中心主義的な軍縮議論は、有機体として変容を続けてきた安全保障論史の初期の幹であり、その枝葉であった。
本書は、懊悩に満ちながら膨らみ、虚ろな洞を曝け出しつつ巨木と化した安全保障論の、その梢の一葉ずつを丁寧に論じた労作である。

国家から人間へと議論の焦点が移り、また人間のどこを見るのかについても思想の四季が巡るなか、自律した理性的な人間像を前提とした安全保障論は風に吹かれ、地に落ちた。新しく芽を出し、今や幹にさえ転じようとしている「脆弱な人間像」を著者は詳しく論じている。
そこでは、新人道主義の矛盾や、ジェンダー主流化という言葉に隠された人種主義の問題が提起されている。

世界的なNGO組織で活動してきた著者は、自身が闇を見つめ、もがいた日々についても触れている。枝葉の向こうに見え隠れしていた、著者が描いた巨木の幹。その導管はここにあったのだと気
づかされたとき、行間や余白も味わいながら、もう一度最初から読み直そうという気持ちになる本だ。

助川哲也(国際学部教授)

紛争・開発・安全保障 ―人新世の「人間の安全保障」を再考する―

榎本珠良(国際学部准教授)著
晃洋書房 345頁/3,850円

白金通信2025夏号(No.523)掲載

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