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ひたすらインプットを続けた4年間。 先生が興味の“一滴”を落としてくれた

2021.10.28

『東京タラレバ娘』や『海月姫』などの大ヒット漫画を生み出し、現在は講談社の女性向け漫画アプリ「Palcy(パルシィ)」の編集長を務める助宗佑美さん。明治学院大学では芸術学科で学び、大学4年間は「映画館や美術展などに足を運び、多くのインプットに費やした」と言います。大学時代に熱中したことや、当時のインプットが今にどう生きているのかについて語っていただきました。

助宗 佑美 1983年静岡生まれ。2006年文学部芸術学科卒業2006年に講談社入社。『東京タラレバ娘』『海月姫』の東村アキコさんら、これまでに編集者として50名以上の漫画家を担当。現在は女性向けの漫画アプリ「Palcy」の編集長を務める。

データだけに頼らず新しい才能を発掘

私は今、漫画アプリ「Palcy」の編集長として、大きく2つの仕事をしています。ひとつは、部署の編集者と作家がつくる作品に対して、一緒にストーリーの展開を考えたり、キャラクター設定のアドバイスをしたりする、いわゆる漫画編集長の仕事。もうひとつは、Palcyというアプリが、ユーザーにとってより使いやすく、居心地の良い場所になるにはどうすればいいかをエンジニアやディレクターと話し合い、ユーザビリティを高めていく仕事です。

私が子どもの頃は紙の雑誌が当たり前でしたが、今は多くの人がスマートフォンやタブレットで漫画を読みます。昔の作品を見ると、コマ一杯に文字が書かれていますが、画面ではそれは見にくい。編集者も作家も、今はアプリで見るときに面白いと思える表現は何なのかについて考えるようになっています。概念や常識がどんどん変わっていくので、「新しいことを学ばなきゃ」という焦りもありますが、学ぶこと自体の楽しさも感じています。

アプリはリアルタイムでユーザー数や購買数などの数字が出ます。シビアに読者の情報が得られるので、それを作品づくりに生かせるのはメリットです。一方で、データ主義に陥ってしまうと、新しい才能を生み出せなくなってしまうのではという危機感も覚えます。

例えば、講談社のヒット作に『進撃の巨人』や『のだめカンタービレ』がありますが、どちらもはじめから万人に評価されたわけではありません。すぐに数字には表れないだろうけど、この作品は伸びるから載せたいという編集者がいたから、世の中に生み出せる作品もあるんです。データは参考にするけれど、そこにまだ現れない新しい価値をいかにキャッチできるか。それが、これからの編集者に求められる能力だと思います。

『東京タラレバ娘』の大ヒットで芽生えた責任感

20代後半から30代に差しかかる頃に、前任者から引き継ぐ形で東村アキコ先生の『東京タラレバ娘』を担当しました。最初にこの作品を読んだときに、「わかるー! 居酒屋でこういう愚痴を言う女性たち、いるいる!」と思ったんですよね。結婚・出産・キャリアと女性の選択肢が増え過ぎてひとつに絞れない。どれも欲しいけれど、どれも中途半端になる、といった現代女性の悩みの核心を突いた内容です。「みんなここに共感しているんだ」と、自分が感じていることを先生に伝えながら作品をつくっているうちにたちまち大ヒット。この経験から、編集者の仕事は、10代向けなら10代に、女性向けなら女性に、作品の要点をピックアップし、ターゲットに伝わるように翻訳をすることなんだと理解できました。

『東京タラレバ娘』は累計で500万部以上を売り上げましたが、この数字は私にとっても信じられないものでした。あるとき、たまたまエレベーターに乗り合わせた女の子たちがタラレバ娘の話をしていたんです。うれしさと同時に、責任の重さも感じました。それまでの私の仕事観といえば、漫画が好きで編集者になれて、作家と一緒に作品をつくれて良かったという感覚でした。タラレバ娘のヒットを経験してからは、「自分がつくった作品を読んだ人が、その瞬間、あるいは10年後に幸福になるようなコンテンツをつくりたい」「このストーリー展開で傷つく人はいないか」など、読者のことを真剣に考えるようになりました。社会に向けて漫画をつくっている意識が生まれたのだと思います。

「古い映画を100本」の課題から好奇心が花開く

子どもの頃から本も漫画も大好きだった私は、読書から広がる世界観の中で学びたいと考え、明治学院大学の芸術学科を選びました。入学してすぐ、ある授業で「指定された100本の映画を観て、感想を提出する」という課題が出されました。その時は研究室にある映画のビデオを借りて、家で一生懸命観ました。ある時、他の人の感想を見せてもらったんですが、同じ作品でもファッションについて書いている人もいれば、監督や映画史の観点から書いている人もいた。「同じ作品を観ても、こんなに人の観方は違うんだ」と気づいたときに、この学科にきて良かったと思いました。先生も「こういう視点で勉強しろ」とは決して言わなかったし、とにかく自分らしく作品を観て、いろんな観方を学べることに面白さを感じていました。

山下裕二先生(文学部芸術学科教授)のゼミでは、「今日はこんな展覧会をやっている」「新進気鋭の画家の展覧会があるから、これは見に行ったほうがいい」といった情報も教えてくれました。若い頃は、いろんなことに興味は持つけれど、最初の一滴を落としてもらえないとスタートを切れないこともあると思うんです。明学の先生たちはその一滴を落としてくれて、好奇心を行動に移すまでを助けてくれました。

芸術分野でなくても、大学時代はとにかくたくさんのインプットをしてほしいなと思います。当時は私も「このインプットは何の役に立つんだろう?」と疑問に感じることもありましたが、編集者になって頻繁にアウトプットの機会ができたときに安心材料になりました。大学時代にインプットの方法を身につけておけば、社会に出てあるテーマを短い時間でインプットしなければならない場面でも、焦ることはありません。

自分と違う価値観も受け入れてほしい

大学の教育理念“Do for Others(他者への貢献)”からつながる5つの教育目標をあらためて知って、「すべて今、私が大切にしていることだ!」と思いました。コミュニケーション力も他者理解力もすべて、編集者として必要な能力です。自分の好きな世界だけ見ていると、出会える総数が少なくなるので、理解力も分析力も乏しくなります。大学時代、先生たちが好き嫌いに関係なく、「あれも見とけ」「これも見とけ」と言ってくださった結果、多様な価値観を身につけることができたと実感しています。当時はまだそういう言葉にはなっていなくても、この5つの目標が表す力を大学時代に与えていただいたと思いますし、それが今の編集者の仕事に役立っていることは間違いありません。

芸術学科で自分の好きなことや趣味が一致する友だちと出会えたことはすごく幸せで、楽しい時間でした。今でも当時の友だちとはつながっていて、『新世紀エヴァンゲリオン』の新作映画が公開されたときは、オンラインで“エヴァについて語り合う会”のお誘いLINEがきました(笑)。

大学時代で、すごく印象に残っているのは、1年から3年まで活動していた白金祭実行委員会です。普段は映画館や展覧会など外に出てばかりの私が、白金祭という大学祭に関する大学内の活動で、違う学部、違う部活の人と一緒にひとつのことをつくり上げる経験をし、多様な考えを持つ人と仲良くなっていく楽しさを味わいました。

今はSNSで好きな人だけフォローして、嫌な人はブロックしたり、自分と同じ趣味嗜好の人など似た者同士でつながったりすることが多くなりました。そうだからかもしれませんが、外に出て自分と違う価値観の人と会った時に、「何でこの人はこんなこと考えるの?」と驚いたり、すぐに嫌悪感を抱いたりする傾向があると感じます。漫画の感想でも、「私はこう思うのに、なんでこんな展開になるんでしょうか?」といった感想がすごく増えました。

私が白金祭の実行委員会に入って世界が広がったように、ぜひ大学時代はいろんな考えの人に触れ、明学の理念でもある多様な価値観を持つ、他者を理解できる人になってほしいなと思います。

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