- 山口咲楽 東京都葛飾区福祉部西生活課 ケースワーカー
1995年福岡県生まれ。2018年社会学部社会福祉学科卒。社会福祉士。2014年、明治学院大学社会学部社会福祉学科入学。公的扶助論を学ぶ。卒業後、東京都葛飾区に入職。福祉部西生活課(福祉事務所)でケースワーカーとして働く。
区役所のケースワーカーとして働く山口咲楽さん。中学3年生から生活保護に関心を持ち続け、「利用者のサポートがしたい」という思いを叶えました。今の道に進めたのも、利用者に差別なく接することができるのも、明学での学びがあったからだといいます。どんな学生生活を送り、今にどうつながっているのか、話を伺いました。
中学3年生の年末に、テレビで「年越し派遣村」のニュースを見ました。寒空の下、家を失った人たち……。私にとって大晦日は家族が集まって過ごす、1年で一番好きなイベントでした。そんな日に、家のない人がいるんだと知り、ものすごく衝撃を受けました。豊かな国だと思っていた日本に、確かに存在する現実。他人ごととは思えませんでした。それから、生活保護に関心を持つようになりました。
明治学院大学で社会福祉を学び、卒業後は福祉職採用で公務員になりました。葛飾区でケースワーカーとして働いて5年目になります。生活保護の利用者から生活全般の相談を受けたり、自宅を訪問し、様子を伺ったりすることが主な業務です。必要に応じて病院や更生施設に連れ添ったり、連絡がつかない場合は警察に連絡して対応してもらったりすることもあります。一方で、保護費の決定に関わる事務処理も大切な業務です。訪問のない日は、1日中パソコンと向き合っていることもあります。
コロナ禍では、感染予防の観点から訪問に行きづらかったり、マスクをしているとなかなか相手の顔を覚えられなかったり、と難しいことも多くありました。最近はまた訪問に行けるようになったので、できるだけ直接お話するように心がけています。
ケースワーカーとして、これまでに多くの人の苦しみや諦めに触れてきました。一人ひとり、状況も抱えている問題も異なります。そんな中でまずは「話しやすい」「相談しやすい」と思ってもらえるよう、笑顔で、柔らかい口調で話すことを心がけています。また、相手が何を求めているのかを考えるようにも意識しています。話を聞いてほしいのか、すぐに回答がほしいのか、もっと分かりやすく説明してほしいのか。自分だけでは判断がつかない場合は先輩に話すことで気づくこともあります。一度、自分の中でかみ砕くことが大事だと思っています。
正直、大変な仕事ですし、これまでに「私もその仕事をやりたい」と誰かに言われたことは一度もありません。仕事をしながら、今でも毎日落ち込み、毎日反省します。4年の間に、心が折れそうになったことは何度もあります。だから、「やりがいは?」と聞かれるといつも答えに詰まってしまうんです。それでも、「山口さんと会って、人と話す楽しさを知った」「山口さんに話してよかった」「ありがとう」と言ってもらえると嬉しいですし、結局は利用者さんに助けられて仕事を続けられているのだと思います。
明治学院大学を選んだのは、社会福祉を学びたかったからです。たまたま高校の担任の先生が明学出身で、「向いているのでは?」と勧められたのがきっかけです。オープンキャンパスで模擬授業を受けたときに、当時の社会福祉学科教授の河合克義先生(現:本学名誉教授)が「福祉は、人間の尊厳・基本的人権を守ることを通して、みんなの幸せを追い求める学問だ」と話しているのを聞き、「やっぱり私は福祉学科に進もう!」と思ったのを覚えています。
大学時代は耳が聞こえない、聞こえづらい学生のための情報保障を目的として、講義内容をそのままタイピングして残す「ノートテイク」のアルバイトをしていました。そのおかげで、法学部など、社会福祉学科以外の講義もよく聞きました。内容は難しかったですが、とても良い経験になりました。
サークルは、同じ学科の先輩がいたので手話サークルに入りました。最初は人脈作りくらいの軽い気持ちだったのですが、学ぶうちに手話の世界に夢中になりました。単純に新しいことを学ぶのは面白かったですし、手話を通して多くの気づきもありました。それまで耳の聞こえない人と会ったことがなかったので、例えば字幕のない映画は一緒に観に行くことができない、といった何気ない日常の課題に気づくことができたのはとても貴重な経験でした。今でも手話は学び続けています。自由な時間がある大学時代に、まったくはじめての世界を知れたことはとても良かったなと思っています。
3年生になって新保美香先生(社会福祉学科教授)の公的扶助論の授業が始まったときは、一番学びたかった内容だったので、「やっときた!」という思いでした。4年生で新保ゼミに入り、公的な機関が果たす役割について学びました。それまでは、生活保護利用者の支援というと、街中でホームレス状態の方に声をかけたり、生活保護の申請に一緒に連れ添ったりと、どちらかというとNPOとして働くイメージを強く持っていました。でも新保先生が、公的機関にきちんとした人権意識を持ったケースワーカーがいることがいかに重要かという話をしてくださったんです。その話を聞いて、役所のケースワーカーとして働きたいと考えるようになり、公務員試験を受けることを決めました。不条理な理由で申請を却下されるケースが社会問題にもなっていましたが、なぜそんな問題が起こるのか。実際に区役所で働き、公的機関の重要性を実感しています。この道に導いてくださった新保先生には感謝しています。
社会福祉学科の友人たちは、ほとんどがケースワーカーになりました。今も連絡をとり合って仕事の話をします。私にとって一番の理解者です。
明学の教育理念の「Do for Others」は、今改めて見てみると、まさにケースワーカーとして大事なことばかりだと感じます。特に「他者を理解する力を身につける」はとても重要だと思います。まだ若く健康な私が、障害者や高齢者の気持ちを完全に理解することは、すごく難しいことです。以前、障害のある方の親御さんと話をしたときに「おまえは俺の子を障害者というのか。何も知らないだろう!」と怒鳴られたことがあります。確かにそうかもしれないと思いましたが、「理解はできないかもしれないけれど、私は寄り添いたいと思っている」ということを、どうすれば伝えられたのだろうと悩みました。もちろん、経験者による支援も世の中にはたくさんあります。でも、「経験しなければ何もできない」ということは決してないことを私は実習で学びました。ケースワーク理論では「受容」といわれるものですが、相手をそのまま受け止められる自分でありたい。相手を知ること、受け止めることを私は「他者を理解する」と解釈したいです。
残念ながら、世の中にはまだ生活保護に関する偏見があります。今どんなに健康な人でも、明日突然に障害者になる可能性はありますし、人は必ず老います。そう考えると、障害者福祉も高齢者福祉も、自分と切り離せるものではありません。「特別な人」ではなく、自分と一緒なんだという前提が私にはあるので、生活保護利用者に寄り添っていられるのだと思います。世の中には自分の努力ではどうにもできないことがあります。だから、生活保護を利用しているのがその人の責任だと私は思ったことがありません。ただ、私がそう思えるのは、明学で学んだ時間があったからです。
生活保護利用者は世の中から多くの批判を受け「自分が本当に生活保護の申請をしていいのか」と悩んでいます。心ない差別を受けてきた利用者の方に、「いいんですよ」「ここに来てくれてありがとうございます」と言えるケースワーカーでありたいと思います。そして、私がそんなフォローをしなくてすむように、「物事の結果はすべてその人の責任である」という自己責任論なんてなくなる世の中になることを願っています。