明治学院大学
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2025.07.24

大学院での学びと体験で学芸員の仕事に必要な“武器”を身につけることができた

学生
大学院での学びと体験で学芸員の仕事に必要な“武器”を身につけることができた
文学研究科 芸術学専攻 博士前期課程
2020年修了
小澤 由季

テレビ番組がきっかけで明治学院への進学を決意

私は現在、神奈川県にある公益財団法人茅ヶ崎市文化・スポーツ振興財団に所属し、茅ヶ崎市美術館で学芸員として勤務しています。私が美術に興味を持ったきっかけは、中学時代に美術室でたまたま手に取った写楽の画集でした。初めて見た大判の画集の中の浮世絵は、着物の文様や顔の隈取りなどがハッキリと見え、様々な発見があってとても面白いと感じました。と同時に、創作活動だけでなく作品を鑑賞してその魅力を伝える仕事も楽しそうだな、と思うようになりました。

大学では美術史を学びたいと考えていた私は、録り溜めた美術関係のテレビ番組の中で、作品解説をされていた明治学院大学の山下裕二教授に出会いました。山下教授のトークはとても軽快で、現代美術の難解な部分を当時高校生であった私にも分かる言葉を使い、自分の主観や作品の魅力についても詳しく解説されていて、とても興味を惹かれました。山下教授のおかげで「大学の先生は話が難しそう」という先入観が「この先生のもとで美術を学びたい!」という思いに変わり、明治学院大学文学部芸術学科に進学しました。

大学では山下教授の「日本美術史ゼミ」に所属して、卒業論文は日本美術における七福神の描き方の変遷をテーマに選びました。七福神という聖俗が表裏一体となった偶像は研究対象として興味深いものでしたが、論文としてはまだブラッシュアップできる余地があったと思います。



修士論文では日本美術における鳥瞰図の系譜を探究

大学卒業を控えて進路を考えた時、将来的に美術に関わる仕事がしたいという目標は明確でしたが、現状での自分のレベルでは“武器”になるものがないと感じました。また、美術史研究をもっと究めたいという気持ちから、より専門性を究める道として大学院博士前期課程への進学を決意しました。大学院の芸術学専攻には音楽学研究コース、映像芸術学研究コース、美術史学研究コース、芸術メディア論研究コース、演劇身体表現論研究コースと全部で5つのコースがあり、私は美術史学研究コースの山下教授の研究室に所属し、1年目は日本美術関連で興味のある科目を中心に受講しました。

2年目は修士論文の作成が中心の生活でした。私が研究テーマに選んだのは、日本美術における鳥瞰図の系譜についてでした。修士論文ではより精度の高さが求められるため、大学での卒業論文のテーマを引き継いで研究することが一般的ですが、私は卒業論文で設定したテーマが広過ぎたという反省と、同時に研究として取り上げた浮世絵に対する興味が深まったことがあり、たどり着いたのが鍬形蕙斎(クワガタケイサイ)という絵師でした。特に鳥瞰図という地図代わりとしても楽しめる不思議な魅力を持った風景画は魅力的で、この作家と時代性について掘り下げていきたいと思うようになりました。

実際の作成においてはテーマを変えたこともあり、研究の蓄積が少なく、先行研究の収集・分析などに苦労しました。今振り返ってみると当時は頑張って書き上げた論文ですが100%には程遠いものだったと思います。一方、そう思えるのは、現在も学芸員として学生時代から積み重ねた研究活動の延長線上にいることができているからこそだと感じています。

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美術館でのアルバイト体験が学芸員への道を志すきっかけに

学外での活動としては、大学生の時から横浜美術館で美術館の仕事を経験させていただきました。特に大学院生時代には、子どもを対象とした教育普及事業を担う部署で、市内の子どもたちの粘土や工作などの造形ワークショップを補助する業務を担当しました。その経験によって美術館の仕事に対する視野が広がり、美術館で働くことが一つの選択肢と考える大きなきっかけになりました。

学芸員になるための就職活動はなかなか難しいものでした。学芸員資格は大学卒業時に取得していましたが、学芸員の募集は基本的に欠員補充で雇用形態も不安定なことが多いです。簡単な道ではないことは理解していたので、ギャラリーや美術系出版社などへの就職活動も行っていましたが、「これでいいのかな…」とモヤモヤした気持ちで一杯でした。そんな時、藤沢市藤澤浮世絵館に非常勤の学芸員としての採用が決まり、通知を受けた時は目標に一歩近づいた喜びがこみ上げてきました。そこで3年間勤務した後、現在の美術館に常勤の採用が決まりました。学芸員としての主な業務は展覧会の企画から所蔵作品の管理、調査、教育普及事業まで多岐にわたっていますが、一番大きな業務は企画展の実施です。入職した2023年には映画監督の小津安二郎展、2024年は「アンクルトリス」で有名なイラストレーター柳原良平展を手がけ、2025年夏の現在、焼物の展覧会を担当しています。



大学院進学の魅力は専門性を突き詰められること

忙しい日々の中でも大学院時代の学びや経験は確実に活かされています。なかでも、山下教授の「とにかくいろいろなものを観なさい」という教えは今でも心に響いています。大学院での研究では現代作家の鳥瞰図を観たりするなど、様々な作品との出会いが論文の完成に大きな役割を果たしました。現在の仕事においても多岐にわたる分野に携わる中で、自分の専門外のことでも楽しく、面白がれる性格になれたのもその教えがあったからこそです。また、山下教授は「自分は研究者というより日本美術を応援する立場」だとおっしゃっていて、教科書に載っていない、美術史からこぼれ落ちてしまった作家を助けたいという姿勢に感銘を受けました。実際に教授の応援で知名度が上がった作家や絵師をたくさん見てきたので、私もそうした存在になるという目標を持っています。大学院で学ぶ最大のメリットは、専門性を突き詰められることです。大学の卒業論文だけでは研究者は名乗れません。研究者として自分の“武器”を持ちたい人は、大学院で研究活動に取り組むことが有効な手段となります。私自身、博士前期課程の2年間の研究で“武器”は揃ったと感じ、あとは広い世界で社会人として自分らしい仕事をしたいと思いました。



様々な展覧会を観て回った経験が今の仕事に役立っている

現在、学芸員として専門外の分野を学びながら業務を進めていく中で実感するのは、大学院時代に他分野のコース科目も多角的に学んでおけばよかったということです。自分の専門以外の分野を学ぶことによって、研究の内容も豊かになりますし、将来の仕事にも役立つことがあります。明治学院大学大学院での芸術学専攻の5コースを横断して学べるシステムは大きなメリットがあると改めて感じています。さらに、母校で学ぶ大きな魅力はキャンパス環境にあります。様々な展覧会を見て歩くには白金キャンパスは最強のロケーションで、3限と6限の講義の間に美術館やギャラリーを訪れることが習慣になっていました。美術研究を志す者にとって常に本物の作品に触れる体験はとても大切です。学生時代、様々な展覧会を見て回った経験は、現在の仕事で専門外の展覧会を担当することになった時に今まで見た展示を思い出すことで、創意工夫を見出すきっかけになることも多いです。

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自分が何をしたいかを因数分解すれば未来は広がる!

文系大学院進学は就職が難しい、と言われていますが、自分が何をしたいのかを因数分解し、将来の進路・選択肢を整理して準備していけば仕事はあるのではないかと思います。実際に働いていると、当時の自分には想像しえなかったような美術に関する仕事をしている人たちに沢山出会います。私は結果として学芸員をしていますが、美術が好きで、そこで何をしたいのかを考えながら学べば道が閉ざされることはないと思います。学んでいく過程で具体的にしたいことが決まり、その筋道が見えてくればより楽しく生活できますし、そこから未来が広がっていくのではないでしょうか。

学芸員として仕事をする中で、大学や大学院でお世話になった先生方と仕事でお会いする機会があり、同業者として仕事を共にさせていただく時はとても感慨深いものがあります。特に、現在準備を進めている展覧会がまさにそのような機会で一緒に準備を進めている光景を学生時代の私に見せてあげたらとても驚くでしょう(笑)。今後も山下教授や大学院でお世話になった先生方の教えを心に留めながら、まだ世に出ていない作家を見出したり、あまり美術に触れたことのない人でも楽しめる展覧会を開催するなど、芸術のすそ野を広げる活動を通して学芸員としてのキャリアを積み重ねていきたいと考えています。