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教員

変化する企業の動向を経営的視点で分析
経営戦略やイノベーションを論理的に読み解く

法と経営学研究科 法と経営学専攻
木川 大輔 准教授

オープンイノベーションがもたらした社会構造の変化に着目

私の専門分野は、経営学のなかの「経営戦略論」と「イノベーション・マネジメント(あるいはイノベーション論)」と呼ばれる学問領域です。経営戦略論は、企業が競合他社との競争を有利に進めていくため、外部環境を踏まえた上で企業内部のヒト・モノ・カネ・情報といった資源を活用しながら、どのように長期的な道筋を描いていくかを考えることが大きなテーマです。

イノベーション・マネジメントは、企業が持続的にイノベーションを生み出していく上で、組織内部をどうマネジメントしていくか、そして組織外部の主体とどう関わり合っていくかをおもな関心事項としています。両者は、出発点こそ違いますが、共通項を持っているためセットで捉えられることも多いテーマです。

私がイノベーション・マネジメントに関心を持ったきっかけは、近年、企業におけるイノベーションに対する考え方が急速に変化してきたことが背景にあります。1990年代くらいまで、企業が生み出す画期的なイノベーションは、その企業内ですべて完結していて、そこから生み出される利益も自分たちだけで享受するのが当たり前でした。しかし、技術の進化や社会的ニーズがより複雑化・細分化するなか、一つの企業だけでイノベーションを生み出すことが困難になり、他の企業ともうまく力を合わせながら知識や技術力を組み合わせることで新たなイノベーションを生む「オープンイノベーション」という考え方が2000年代に入って広まってきました。

私は、「ビジネスエコシステム」とも呼ばれるこうした産業構造の変化に着目して、オープンイノベーションを博士論文のテーマにしました。教員になってからも医薬品産業を対象にしたオープンイノベーションの分析を続け、2021年に『医薬品研究開発のエコシステム』という著書にまとめています。

躍進するプラットフォーム企業の経営戦略にも注視

最近、経営戦略論のなかで特に関心を持って取り組んでいるのが、「プラットフォーム企業の経営戦略」です。プラットフォーム企業というと、近年ではGAFA+M(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などが有名ですが、これらは経営戦略論の観点から見てもとても興味深い対象といえます。プラットフォームは、それ単体ではユーザーにとって単なる器に過ぎませんが、「ネットワーク外部性」という性質が働くため、その器の上に集まるユーザーが多ければ多いほど、より多くのユーザーが集まる(企業側からすればユーザーを獲得できる)傾向にあります。

たとえば、あなたがとても珍しい光景を動画に収めることに成功したとして、それを多くの人に見てもらいたい、いわゆるバズらせたいと思った場合、どの動画プラットフォームに投稿しますか? おそらく、最も視聴者の多いYouTubeかTikTok(あるいはその両方)を選ぶでしょう。このように、成功したプラットフォーム企業には、何十万、何百万という動画や写真などのコンテンツ、アプリケーションソフトなどが集まり、ユーザーの情報や趣味嗜好などのデータも蓄積されていきます。では、こうしたプラットフォーム企業は、多くのユーザーを集める前の初期段階において、どのような工夫を行ってユーザーを集めたらよいのか。あるいは、ある程度多くのユーザーを集めたプラットフォームは安泰のはずなのに、突如としてユーザーの支持を失ってしまうことがあるのはなぜなのか。こうしたことについての研究・分析を行い、これまで『組織科学』や『日本経営学会誌』などにプラットフォームを題材にした論文を発表してきました。

こうした研究は、比較的新しい社会現象を分析対象として取り上げ、その背後にある論理を読み解くというアプローチを取っています。そのため、刻々と移り変わる日々のニュースや情報の収集が欠かせないという点に大変さはありますが、同時にそこに面白さも感じています。研究対象の企業が提供する最新の商品やサービスに真っ先に触れるのが学部生や大学院生であることは珍しくないので、彼ら・彼女らから学ぶことも少なくありません。プラットフォームビジネスは日本よりも中国企業の方が先進的です。中国籍の大学院生などは当然中国のプラットフォーム企業の事例をよく知っているので、私も大いに勉強させてもらっています。

多様な社会現象に目を向け、自ら問いを立てる力を

大学院の受験時点で、研究テーマの完成度はそれほど求めていません。少なくとも経営系においては、研究計画が入学後に変化していくことは珍しいことではないからです。他方で、受験者が経営学に関する一定の知識や興味を有していることは必須に近い条件になります。研究計画書では、その点を重視しています。

現在、大学院では2名の学生の指導を行っていますが、1人はアントレプレナーについて研究をしている学生で、もう1人はエコシステムについて学ぶ中国籍の学生です。論文を書くという点においては、学部の卒業論文も大学院の修士論文も身につけるべきアカデミックな作法としては同じなので、指導上で心がけている点にも大きな違いはありません。ただし、関係性の違いという点においては、学部生が私のことを教員としての側面のみで見ているのに対して、大学院生は私のことを教員であると同時に「少し先を行く同じ研究者」だと意識してくれているのがはっきりと伝わります。私も、常にそうした目で見られていることを意識しながら大学院生と接するように心がけています。

大学院生に期待したいのは、研究の自主性です。私が研究テーマとしている経営戦略論やイノベーション論は、大抵の場合、まず先に現象があります。社会のなかで、今までと異なる出来事や現象が現れ、その対象に興味を持つことが研究の出発点です。たとえばUber Eatsについて、「これは一体どういうしくみなのだろう」と疑問を持ったとします。これを経営学の学術的な理論と結びつけて考えてみた時、既存の理論で説明が可能な部分と説明が不可能な部分が見えてきます。その境界を探すことで、この新しい現象をうまく説明するための新しい論理を見出すことができるかもしれない。あるいは、既存の理論が少し修正されたりアップデートされたりする。それが研究の成果になります。

こうした構造自体は、私が書く論文も大学院生が書く修士論文も変わりません。まず、自分が興味を持てる現象を自分で見つけなければダメだというのが私のスタンスです。それが研究をし続ける上での大きなモチベーションになります。大学院というのは、答えを探しに来る場所ではなく、自分で問いを立てることが求められる場所だと考えます。社会で起こっているさまざまな現象を見て、関心を持ち、自分で問いを立てる。これができたら、もう半分くらい論文は完成していると言ってよいのではないでしょうか。もちろん、私は「少し先を行く研究者の先輩」として、学生に対してヒントを示しながら、その研究がうまく進むよう導いていきますが、研究をするのはあくまでも学生自身です。大学院での2年間を通じて、自分が立てた問いとじっくり向き合うことが、論理的思考力や深い洞察力を身に付けることにつながります。大学院での2年間の学修と研究の経験によって、その後のキャリアをより良いものにして欲しいと願っています。