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私も“ヘボンの子どもたち”のひとりになれた?

2015.09.04
坂上 和子
Kazuko Sakaue 坂上 和子 2005年 社会学部 社会福祉学科卒
NPO法人「病気の子ども支援ネット 遊びのボランティア」の理事長、坂上和子さんが明治学院大学の社会学部に入学したのは2001年の春、坂上さんが46歳の時のことです。それからの4年間のことを坂上さんは「この年齢で勉強できる幸運を思うと、私はこのチャンスを一滴も無駄にできない。大学を“しゃぶり尽くす”そんな気持ちだった」と振り返ります。

児童養護施設で育つ

私は母親と8歳で死別、その後親戚の家を転々とし、10歳から19歳までを児童養護施設で過ごしました。何とか自分の力で自立した生活がしたいと思い、アルバイトをしながら保育士を目指して福祉専門学校に通い、22歳で卒業。目標の資格も取ることができました。
それから新宿区に就職、公立の保育園で保育士として働き始めました。今振り返れば、つかの間の平穏な時期が、その頃だったようです。結婚して二児を授かり、働きながら子どもを育てました。でも、その時期は長く続かなかった。
義父が倒れ、夫も入院。介護と育児を一人で引き受けることになり、やむなく退職。せっかく手にした職だったのに、残念でなりませんでした。人生はままならない。天を仰ぎました。

重い病気で苦しむ子どもたち

しばらくすると、新宿区の障害児の通園施設から声がかかり、非常勤で「在宅訪問指導員」をすることになりました。地域の福祉施設や保健所、保育園、住宅などに出向き、そこで障害のある子どもに寄りそって過ごすのが仕事です。新宿区には高度医療を手がける病院も多く、このとき新宿区職員として病院に入っていったことが、私の人生の大きな転機になりました。そこには、私が聞いたこともない名前の病気で苦しむ子どもたちがいました。でも私がおもちゃをもって病室を訪ねると、それまでぐったりと横になっていた子どもが起きあがり、しゃべったり歌ったり、笑顔を見せてくれます。医療スタッフが見たこともない明るい表情も見せてくれました。その笑顔を見て、看病で疲れ切っていたお母さんの表情も和むのです。

遅れている「病児」への支援

私は知りませんでした。身体障害や知的障害、発達障害に苦しむ子どもとその親に対する支援の輪は広がっているのですが、病気の子どもへの支援や、その親へのサポートはまったく行われていないに等しい状況だったのです。1991年、私は国立国際医療研究センターの小児病棟に「遊びのボランティア」を立ち上げました。幸いその輪は大きく広がりました。それはうれしいことだったのですが、私自身家庭をもち二児の母親でもありました。しかし私は、病床で私を心待ちにしている子どもがいれば、わが子の誕生日会を後回しにしてでも出かけました。その結果は離婚。ボランティアに没頭する私は、愛想を尽かされてしまったのです。申し訳ないと思ったけれど、病気の親子を放り出すわけにはいかない。私はもう一度福祉やボランティアを学ぼうと思いました。そして私が始めた病児に対する関わりに、学問の裏付けをしっかりと得て、社会や行政を動かす力を付けたいと考えました。その時です。私は明治学院大学と出会いました。

46歳で大学生に

当時の明治学院大学の社会学部は「昼夜開講制」といって、履修単位が昼間と夜間に取れました(一部制限はありましたが)。また、白金校舎は交通の便利な都心にあり、6、7時限目だけで卒業に必要な単位がすべて履修できると分かりました。絶対にここで学びたいと受験勉強に取り組み、その甲斐あって合格。奨学金もいただけることになりました。
入学後は勉強しました。必死に。大変だったけれど、勉強できることはうれしかった。週に3日、新宿区の「子ども家庭支援センター」のワーカーとして働き、ボランティア活動も継続しながら、空いた時間のほとんどを大学と図書館で過ごしました。大学3年からは、仕事を辞めていよいよ勉強に没頭しました。

すばらしい図書館

それにしても明治学院大学の図書館は素晴らしかった。その情報量の多さ。福祉関係の蔵書やデータベースが充実しているだけでなく、一般紙や雑誌、ビデオも豊富に揃っていて、検索も閲覧も、さらにコピーもプリントアウトも簡単に出来ます。本当にすごいと思いました。図書館の地下から7階まで、私はどこに何があるか全部知っています。「図書館ガイド」が出来るくらい。
授業も素晴らしいものが多かった。ある先生の講義には、最初の1時間目から感銘を受け、一字一句聞き漏らしたくないとの思いから先生に許可をいただいて録音し、講義録を作らせていただいたこともあります。
若い学生との付き合いも楽しみました。彼らも、私たち社会人からは、同世代の学生とは異なった知恵が学べると歓迎してくれました。やがて卒業。私は、大学での学びを基礎に「NPO法人 病気の子ども支援ネット」を設立しました。

"ヘボンのこどもたち"の一人になれたかな?

充実した図書館、素晴らしい授業、そしてそこに集まってくる魅力溢れる学生たち。今、明治学院は誕生から150年の歳月を数えるそうですが、その学問の伝統、特に社会福祉に関して集積されている情報と知識・知恵の豊かさと深さは、どの大学にも負けません。それはやはり創立者ヘボン博士夫妻の高い志と人格、そして、それを受け継いできた〝ヘボンの子どもたち〞の努力のたまものだと思います。
私もずいぶん遅れて明治学院の同窓生のひとりになりました。私が今〝ヘボンの子どもたち〞に加わることが出来たのだとしたら、とてもうれしく思います。

坂上 和子

認定NPO法人「病気の子ども支援ネット遊びのボランティア」理事長。保育士・社会福祉士。
1954年生まれ。1977年上智社会福祉専門学校卒業。2005年 明治学院大学社会学部社会福祉学科卒業。保育士として新宿区立保育園、心身障害児者通所訓練施設、子ども家庭支援センターに勤務。1991年にNPO 法人「病気の子ども支援ネット遊びのボランティア」を立ち上げる。多くのボランティアを養成しながら、病気の子どもとその家族を支える活動を続けている。
http://www.hospitalasobivol.jp/

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