LD支援をきっかけに、すべての子どもたちが安心して、楽しく学ぶための教育モデルを開発

学びに困難さを抱えている子どもたちを支援したい
私の専門は、障害科学、特別支援教育、臨床心理学、教育心理学といった横断的な研究分野と言えます。その発端は、学習障害(LD:Learning Disabilities)のある子どもたちとの出会いでした。その後、LDの支援に関する研究に取り組むことになります。LDとは、知的発達に遅れはないものの、読む・書く・計算するなど、学習に必要な能力に困難さがある状態を指します。
LDの子どもたちは学習につまずきを抱えていることに加えて、「もっと丁寧に書きなさい」「怠けないでしっかりやりなさい」といった理解のない周囲からの言葉に深く傷つけられていることも少なくありません。努力しても時に克服が難しい学習面の困難さは、次第に「がんばっても仕方がない」「自分には価値がない」と自ら感じてしまうような、意欲や自信の低下などの二次的な障害にもつながります。このような問題はLDの子どもに限りません。日本では誰もが受けられる教育であっても、障害による困難のほか、生活面での厳しさ、海外につながる子どもの言語の問題などがネックとなり、学びづらさを感じている子どもが多く存在しています。2022年の文科省の調査でも、8.8%の子どもが通常の学級内で学習面や行動面で非常に困難さを感じているという結果が出ています。そうした子どもの中で、校内でコンセンサスを得ながら支援を受けられている子どもは、実にその内の3分の1にも満たないのが現状です。
読み書きに苦戦している子どもたちを多く見てきて、読むことの大切さも改めて感じました。読むことは、国語だけでなく、算数などを含む全ての教科で必要とされます。また、本を読むことで、自分自身の世界を広げてほしいという思いもあります。人生の中で出会う楽しいことや苦しいことに寄り添ってくれる本との出会いは、知的好奇心を満たす上でも重要で、本(活字)に苦手意識を持ってほしくないのです。
そうした現状の中、学ぶことは楽しいことであり、学ぶことで自信をつけていってほしいとの思いで、学習支援の研究を続けてきました。当初はLDの子どもたちへの理解と支援のための研究でしたが、LDだとわかる時点で、その子はすでに学習に相当な困難を抱えています。LDを対象とした支援ではつまずくのを待ってからの対応になってしまうことから、通常の学級の中でいかに取りこぼさずに予防的な支援ができるか、二次的な障害を起こさせないで学びを楽しみにできるかというところに次第にシフトしました。それ以来、学習面で苦戦している子どもたちが少しでも安心して過ごせること、学びに手応えを感じること、そうした子どもへの予防的支援について取り組んでいます。特に自身が2005年に開発に着手した「多層指導モデルMIM(Multilayer Instruction Model)」について、現場の先生たちとの協働を通して研究することが今やライフワークになっています。

自治体での導入も進む「多層指導モデルMIM」を開発
「多層指導モデルMIM」は、2005年に米国テキサス大学オースティン校に客員研究員として赴任した際に出会った「RTI(Response to Intervention/ Instruction)モデル」が基になっています。通常教育の中で、学習につまずきのある子どもに対して科学的根拠に基づいた指導を行い、その進歩(効果)を測定しながら、必要な支援を行っていくというRTIモデルを日本版にアレンジしたのがMIMです。MIMは異なる学力層の子どものニーズに対応した指導・支援を提供するためのモデルで、すべての子どもを対象とする1stステージ、1stステージだけでは伸びが乏しい子どもを対象とする2ndステージ、それでも伸びが乏しい子どもを対象とした3rdステージという3層で構成されています。各層のニーズは定期的なアセスメントにより判断するのですが、これまでほとんど行われてこなかったアセスメントを教育現場において確立することを最重要視してきました。つまり一人ひとりの実態を正確に把握することが、個別最適な指導においては不可欠なのです。
MIMを導入する以前の学校では、客観的に子どもたちの実態を把握する仕組みが日常化しておらず、経験や感覚に頼って指導・支援しがちであることに危機感を感じている先生もおられました。私たちの調査では、アセスメントがなされていない現場では、子どもの実態が正しく把握されていないことも明らかになっています。MIMを導入した学校で行った先生方へのインタビュー調査によると、先生の日頃の観察による予測と客観的なアセスメントの結果では1割くらいの子どもでズレがあることがわかりました。つまり、先生にとっては「読めているから大丈夫」と思われている子のうちの約1割が実は読むことに困難さを抱えていて、それでも支援を受けられていないということになります。そのようなズレをなくすため、MIMはアセスメントと指導を連動させて進めます。私が関わってきた小学校では、入学したばかりの1年生の一人ひとりの実態把握に取り組んできました。1stステージでは通常の授業の中で、質の高い、科学的な根拠に基づいた指導をします。その過程で苦手なところが見えてきた子には先生が積極的に声を掛けたり、座席の配慮をするなど、アセスメントの結果をもとに指導に生かしていくのです。定期的に実施するアセスメントによって、子どもの伸びを可視化することも効果的な指導には役立ちます。
アセスメントは同時に、先生が自分自身の指導を振り返り、より良い指導をする上での根拠にもなります。このように、研究を進めていく上では、研究者として科学的根拠を追究することに加え、現場の先生方との課題の共有や、研究的な知見を教育現場で活用した上での課題の整理など、非常に往還的なやりとりが叶えられています。MIMの開発当初は、毎週2日間、丸一日かけて教室内で授業や子どもの様子の観察などを行い、アセスメントの妥当性や、指導・支援による効果、子どもたちの反応などを検証してきました。教育現場に足を運ぶというやり方は現在も変わりなく、私自身が定期的に学校に出向いて授業をしています。
MIM研究の成果の一部は、小学校国語科1年生の教科書(東京書籍)に指導法の一部として採用されていますし、自治体(横浜市、相模原市、仙台市、鹿沼市、鳥取県、長野県、茨木市、寝屋川市、飯塚市等)の教育政策にも取り入れられています。この研究が絵に描いた餅ではなく、実践の場で活用できることが重要で、多くの子どもたちの元に研究成果が届いていることを全国各地で目にできることは、もともと小学校の教員になりたかった自分としては何ものにも代えがたい幸せです。
このようにMIMの取り組みは徐々に広がりつつありますが、子どもたちの学びの環境には未だ課題が山積しています。国を挙げてインクルーシブ教育が進められている一方で、今の日本の教育現場にはLDなど通常の学校に在籍する特別な教育的ニーズのある子どもに対する教育について、公的に専門性を持っていると証明できる教員のシステムが存在しません。これは日本の教員免許制度の問題でもあるかもしれません。今課題となっている通常の学級に在籍する特別な教育的ニーズのある子どもたちへの支援を確実に行っていくためにも、現在、課題意識をもつ自治体とともに協働しながら、新たなシステムづくりを考えているところです。

今もどこかで苦しんでいる子どもを意識して研究を
研究は論文を書くことだけではありません。様々な現場に出たとしても、課題をもち、仮説を立てながら、取り組んでみる。その結果をもってさらに考察し、次の課題に挑む。こうした研究の意義を学生には身につけていってほしいと思っています。研究を通じて「これでもう十分。やりきった」という感覚をもつことは、長年研究を行っている私でも感じることは難しいです。しかしながら、「苦しいけれど研究は楽しい」「やってよかった」「何かの役に立ちたい」という気持ちはもってほしいと思います。
また、私のゼミでは、縦のつながりを大事にします。院生には学部生への研究の指導的立場に立てるようなトレーニングもしています。例えば、卒論を進めていく際の大事なことをゼミでレクチャーしてもらったり、卒論の分析の助言をしてもらったりすることもあります。自分の研究だけでなく、研究の指導的立場に立てることも院生に求めている点です。自分が教える立場に立つことで、何が足りないかについても結局はみえてくることになり、自己研鑽にもつながると考えています。
この研究分野は自分が求めるものを追究するだけの研究ではなく、誰かの役に立って初めて成立するものでもあると思うのです。そこには明治学院大学の教育理念である「Do for Others(他者への貢献)」に通じるものがあります。今この瞬間も、学校の中で居場所をみつけられず、ただただ時間が過ぎるのを待ち、苦しんでいる子どもたちが大勢います。そうした子どもたちの声にならないSOSの理解者となって、また代弁者となって、少しでも安心して、楽しく、幸せに子どもたちが日々過ごしていけるお手伝いを、研究を通して一緒に実現していけたらうれしいです。