明治学院大学
JPEN
2026.02.02

熱意と集中力で困難な課題に挑み、新しいAI時代を切り拓いてほしい

教員
熱意と集中力で困難な課題に挑み、新しいAI時代を切り拓いてほしい
法学研究科 法律学専攻
櫻井 成一朗 教授

いま、生成AIの登場で世界が激変している

近年、世界的に大ブームとなっている生成AI。従来のコンピュータは、専門的な教育を受けた人がプログラミングをすることによって使えるものでしたが、生成AIの登場によって私たち人類は、誰もが「言葉」でコンピュータを思いのままに使えるようになりました。これは従来のコンピュータのあり方を、180度変えるような革新的な動きです。一方、生成AIによる潜在的リスクが顕在化し、現在、世界では経済の発展とイノベーションの問題を天秤にかけた議論が起こり、生成AIの規制のあり方などが注目を集めています。そのような世界情勢のなか、日本では通称「AI推進法」(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)が2025年5月に成立。AI技術の研究開発と活用を国家戦略として推進する方向に舵を切っています。

近年の生成AIブームは、法情報学にも深く関連しています。私は学部における卒業研究以来、人工知能を研究しており、その関連で現在は法情報学を専門としています。私の究極の関心は「人間の認知機構の解明」であり、人工知能はその手段として考えています。簡単に言うと「自分そっくりのコピーをつくる」ためには、自分がどのように考え、どう動くのかということを解明しなくてはなりません。たとえば1966年に藤子不二雄名義で連載が開始されたマンガの『パーマン』では、主人公の少年がヒーローに変身する際、その正体を隠すために自分の身代わりのコピーロボットを使っていました。あのコピーロボットはどうすればつくれるのだろうか? 人間はどのように思考を巡らせ、行動するのか。人間の頭の中身をコンピュータ上で実現したいという動機から、私は人工知能の研究を始めました。

しかし、自律的判断をするAIをつくることは「自由意志をもつAIをつくる」ということであり、とてつもなく難しいことです。そもそも“自由意志”とは何なのでしょうか。私たちは自分の意志で行動していると思い込んでいますが、実は我々人間でさえも自由意志をもっていないという説があります。右へ行くか、左へ行くか。昼食にカレーを食べるか、うどんを食べるか。自分自身が選んでいるようでいて、それはあらかじめ決められているものであるという「決定論」という考え方もあります。この自由意志の問題は、法的責任論においても中心的な問題となっています。

★2025111300101

人間の“ひらめき”を、AIが実現できるか

法的思考の解明は、人間の認知機構の解明に役立つと考えています。そのための手がかりとして私がとくに注目しているのが、「アブダクション」です。アブダクションとは、いわゆる“ひらめき”。人間の創造的な思考に直結する興味深い推論プロセスです。たとえば、ある部屋の室内が荒らされていたとしましょう。その光景を見て、何を思いますか? 空き巣が入ったのかもしれないし、誰かが探し物をして散らかしたのかもしれない。窓ガラスが割れていたなら、誰かがガラスを割って侵入したのかもしれない。窓が開いていたなら、最初から開けっ放しで風が吹き込んで散らかったのかもしれない。その状況によって、推論も変わってくるでしょう。ちょうど名探偵が推理するような、あれこそがアブダクションです。つまり、結果を見て「多分そうなのだろう」と推論する思考の過程です。

法律の解釈は、アブダクションによって行われているとも言われています。名探偵が推理したことを、あとから説明するのはたやすいのですが、いざ自分がその立場になると難しいものです。いろいろな可能性があるなかで、どうやって「もっともよい説明」を引っ張り出してくるのか。このよくわからない、とても不思議な人間の推論プロセスに関心をもって研究に取り組んでいます。

「人間のひらめきを再現するAIをつくりたい」という考えはもちろんもっているのですが、残念ながら現在のAIにとってアブダクションは苦手な部分です。人間がもつ創造性をAIで実現しようとすると、現段階では難しいと言わざるを得ません。もちろん、現在はAIによる小説の執筆や映画の制作なども実現できる段階にきています。ただし、人間がつくった作品と比べてどれだけ遜色がないものができあがるのかは未知数です。人間の心に訴えかけるような感動作も、既存の作品のパターンを学習すれば比較的簡単につくれるでしょう。「どこかで見たことがあるな」という作品になるかもしれませんが、それは人間がつくる作品でもよくあることです。既存の作品をうまく組み直し、独自の世界観をつくるのも作者の腕の見せどころです。今後、AIによる作品もかなり人間の創作物に近いものとなる可能性はあると思います。

世界のAI研究者たちの究極の目標は、「心をつくる」ということ。完全に心をもった機械をつくることは、なかなかできることではありません。心とは何か――。それは、永遠の課題です。おそらく人類は心を完全に解明することはできずに滅びてしまうのだろうと、私は思っています。

AI時代を自ら切り拓き、よりよい社会をつくる

いまやAIと共存することが当たり前の時代が、すでに到来しています。もちろんAIには潜在的なリスクも存在し、近年はEUのように規制を強めている国々もあります。「AIに人間の仕事を奪われるのではないか」といった危惧をもっている人たちもいます。そうしたなかで研究者あるいは専門家の大きな役割は、AIを人類のパートナーとして、恐れずに使うという意識とスキルを伝えることだと思っています。たとえば教育の現場でもAIを排除するのではなく、AIと対話し、協調することにより、自分の理解をより深めることができます。論文の執筆も然りです。これからの時代はどのような分野でもAIをしっかり理解し、うまく活用していくことが、非常に重要です。教員側も、意識を変えていく必要があるでしょう。

大学院の指導では、本人の自主性を尊重することを重視しています。大学院生に必要なのは、自ら問題領域を切り拓いていく能力を開発していくこと。とくに博士課程で学位を取得するためは、困難に取り組む強い熱意が欠かせません。研究に欠かせないのは集中力、そして考え続ける力です。法律学を含む社会科学は「よりよい社会をつくるための学問」ですから、研究者あるいは専門家として、人々にとってどういった社会がよりよいものなのかを一生の問題として考え、自らの考えを確立した人間に成長してもらいたいと考えています。

大学院への進学を考えている学生は、基本的な勉強を自分のものとして吸収することがすべての出発点となります。これまでの研究の世界は「ひとつの分野を究めればそれでよい」というイメージがあったかもしれませんが、AIが浸透したこれからの時代は、領域を横断して幅広い知識をつなげていくことが研究においてもより必要です。AIと協調して取り組んでいくことで、よりよい成果を達成することができるでしょう。「新しい時代を自ら切り拓きたい」と考えている学生の入学をお待ちしています。

★2025111300077