明治学院大学
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2026.02.02

自分自身の存在の核となる研究テーマを見出し、ワンランクアップした知的能力を携えて社会へ

教員
自分自身の存在の核となる研究テーマを見出し、ワンランクアップした知的能力を携えて社会へ
社会学研究科 社会学専攻
岩永 真治 教授

「都市とは何か」という、根本的な問いを探求

社会学は「実証的な学問」であり、経験科学です。実証の方法には史資料の収集やインタビュー調査や計量的な分析(標本調査、数理分析など)、既存の統計を利用した分析などがあります。研究者自身の経験や教養に基づいた、「研究の対象に対して何を感じ、何を思うか」といった人間的なバランス感覚もきわめて大切です。私が専門とする都市・地域社会研究では、これらをうまく総合し、都市生活や地域生活のリアリティに迫ろうとしています。私の研究領域は都市社会学、地域社会学、グローバル社会学、まちづくりの社会学など多岐にわたります。とくに関連のある事例としては、日本における大都市中心部の再開発問題と周辺部の過疎(人口減少や空き家などの)問題、国際移民問題、ヨーロッパ統合下の都市・地域問題、グローバル市場に向き合う農業組織の再編問題など。近年は、EUとロシアの間にあるウクライーナの独立をめぐる諸問題にも焦点を当てています。

そもそも「都市とは何か」――。この根本的な問いに対する答えを求めて、私は研究を続けています。たとえば、地球規模の視野で考え、地域で行動することを意味する「グローカル=グローバル―ローカル」という考え方があります。東京では海外の大企業の投資により多くの事業が進められていますが、これらを国や東京都(=都市)はどのような政策や制度(特区構想など)で支えているのでしょうか。また、それは私たちの生活にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。「グローカルにアプローチする」というのは、このように都市のリアリティにアプローチすることを意味します。しかし実際には、こうしたアプローチだけでは、「都市とは何か」という根本的な問いの答えにたどり着くことはできません。そこで重要になってくるのがミクロな社会関係、つまり「人と人との関係の特性や傾向性」に上記のようなアプローチの文脈で同時に焦点を当てることだと考えています。

スマートフォンが普及し、情報が経済や社会活動の中心として重要視される現代。私たちは境界を越えて、情報を手にすることが可能になりました。家族の境界、地域の境界、国の境界を越えて、いまでは世界中の人々と交流ができます。つまり、物理的な境界を超えてオンラインでもコミュニケーションをとっています。そこで典型的な問題として現れるのが、アイデンティティの問題です。現代の都市社会では、スマートフォンなどを通して多様なコンテンツに触れる機会が増えたことで、必ずしも一つの決まった役割や姿で生きる必要はなくアイデンティティに選択肢があることが明瞭になりました。わかりやすいのが「コスプレ」です。かつてごく限られた範囲の情報しか得ることができなかった時代、身なりはその人のアイデンティティを表すものでした。たとえば殿様の服は殿様しか着用できませんでしたし、農民は農民の服、武士は武士の服を身に着けていました。しかし、現代の都市社会では多用な服装表現がスマートフォンやSNSを通じて日常的に共有されており、自己表現の選択肢と認識されるようになりました。これは近代–現代的(モダン)なアイデンティティであり、特に大都市ほどその多様性が高く、匿名性も強いため、周囲から逸脱として強く批判されにくい環境が整っていることから、その特徴がより発揮されると私は考えています。ところが、「複数の自分」を享受できることは魅力的なようですが、選択肢が広がりすぎると、「何を選択したらいいかわからない」という存在論的な問題も起こります。つまり、「自分をどうアイデンティファイするべきかわからなくなる」。このことも現代的な都市社会の問題だととらえています。

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グローバリゼーション時代は終わったのか?

「スマ―トフォンを持っていれば、都市に住んでいても農村に住んでいても同じではないか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。都市には、都市でしかできない「体験」があります。たとえばニューヨーク市のニックネームは、ビッグ・アップル (The Big Apple)。多様な人々が夢を求めて集まる1個の大きなリンゴで、どこからかじっても同じ味がします。それに対して、東京が喩えられるのは「ブドウの房」。渋谷、新宿、吉祥寺、上野、浅草、恵比寿……などさまざまな表情をもつ小さな果実(街)が集まって形成されている点が、「ニューヨークと東京の文化比較」でよく挙げられます。

グローバル・シティとは経済的、政治的、文化的に重要な影響力をもつ大都市を指します。ロンドン、東京、ニューヨークなどがその代表です。これらは金融中心の都市ですが、東京圏のユニークな点は、「工業が残っている」ということ。京浜工業地帯をはじめ、下町には小さな工場があり、そこには高い技術力もあります。つまりグローバル・シティでありながら、「ものづくりの世界」が残っているのです。これは東京という都市の特徴を表しています。「都市部の工業は、効率が悪いから潰したほうがいい」という金融投資家の考え方もあるでしょうが、私は工業生産性をもつ東京ならではの都市空間を活かすのがよいと考えています。

現在、世界が目まぐるしく変動するなかで「グローバリゼーション時代は終わった」とも言われます。しかし、すでに世界ではグローバルな生産チェーンが構築され、完全にかつてのナショナルな経済の中に閉じた世界には戻れないでしょう。それは東京という工業生産性をもった都市空間も同じです。

ところで私は現在、東京と千葉での「2地域(=拠点)居住」の実践をしています。講義のない週の後半は房総半島の山中で過ごし、畑を耕したり、木の実を採取したり、森の中を散歩したりしています。都市の専門家として都心に暮らす一方、自然豊かな房総半島で農家の隣人として過ごすことで、田舎と都市の双方の生活空間としての特徴もよりリアルに体感できるようになりました。

ステップアップした知的能力を携えて世界へ

今、日本ではグローバルな競争に勝ち残るため、膨大な再開発事業が進められています。なかでももっとも大きな構想がJR東日本が中心になって進めている「広域品川圏」です。これは浜松町駅から大井町駅までの東京南エリアを駅ごとではなく、エリア全体としてとらえて再開発するという構想。羽田空港の国際化やリニア中央新幹線の品川駅整備を見据え、東京という都市の国際交流拠点としての役割を強化するというものです。明治学院大学はその至近に立地していますから、再開発による都市の躍動感を感じられるでしょう。そして今後、私たちの調査研究が関わる可能性もあります。1980年代の都市再開発による近代化は、いわば「均質化」を進めるものでした。一方、現代の都市再開発とは、「多様化をつくる再開発」。つまり、それぞれの街らしさを活かす開発です。ほかの街との差別化により、そこにしかない魅力や価値をつくり出す開発が求められるのが現代です。

私の都市・地域社会研究では、フィールドワークが最重要です。フィールドに出ることによって新しい事実を発見できる面白さがあります。また、新しい研究仲間やインタビュー対象者との「出会い」を通じた人とのつながり、人生観の拡大といった、自分にとっての新しい人生への転回の機会がしばしば調査研究の過程で訪れることに私自身興奮します。大学院ではフィールドで考え、フィールドで問題を立てること、それを経験主義的な複数の方法で確かめていくことの重要さを教えたいと考えています。複言語主義を採用しているヨーロッパでのフィールドワークでは、多言語によるコミュニケーション力が欠かせません。その土地に暮らす人々にインタビューもしますから、方言も含めた複数の言語を習得する必要があります。ウクライーナ人による複数言語併用のリアリティと、それをめぐるアイデンティティの歴史的保持に関する現状の問題は、現在の私の研究テーマの一つです。

いまや大学院は、研究者になるためだけの場所ではなくなっています。グローバル社会では、大学卒業という経歴だけでは専門的な職業に就くことが難しく、海外では多くの人々が、修士号や博士号を取得して仕事に取り組んでいます。大学卒業後が、“本当の勉強をする場所”。ワンステップアップした知的能力を持って、社会に出ていくことが求められていると思います。

「禁断の木の実を食べる」という、一般に学びを深めることをめぐってよく言われるフレーズの意味を、大学院での知的経験や調査研究を重ねることで、真に理解してほしいと願っています。知ることの喜び、そして物事を探究することの面白さと深さを通じ、「人間として生きていることの悦び」を得ることが研究の真骨頂。自分自身の存在の核となるような研究テーマを見出し、それを論理的、体系的に考え抜いて、論文として表現してもらいたいと望んでいます。

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