明治学院大学
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2026.02.02

ボードレールの詩に綴られた言葉の背景まで探り、深く、広く、その世界に浸る

教員
ボードレールの詩に綴られた言葉の背景まで探り、深く、広く、その世界に浸る
文学研究科 フランス文学専攻
畠山 達 教授

ボードレールが紡いだ言葉の背景を知るため教育史を研究

詩集『悪の華』などの作品で知られる、19世紀フランスの詩人・批評家であるシャルル・ボードレール(1821-1867)の詩学を中心に研究しています。また、作品への理解を深めるためにボードレールが受けた中等教育の研究もしていますので、教育史も専門分野のひとつです。

ボードレールの作品の中には、当時の教科書に掲載されていたラテン詩やフランス詩を模倣し、同時代的または挑発的な表現に変えた一節が見受けられます。19世紀の読者は元の作品を知るからこそ、ボードレールなりの模倣表現を楽しんだことでしょう。時代も言語も異なる私たちが同じようにボードレール作品を理解するのは容易ではありませんが、教育の内容を知ることで、ボードレールの文化的土壌を理解することに繋がります。ところが、普仏戦争に負けたフランスでは、その後ラテン語を中心とする古典教育が否定されたため、中等教育の記録が文学研究の対象となることはほとんどありませんでした。私がフランスに留学した約6年間は、国立図書館と国立古文書館に通い詰め、ボードレールの教師たち、学校で使われていた教科書、学監の報告書、コンクールの答案などを探し、読み解き続けるという地道な作業を繰り返す日々でした。

現在は、文学と教育の関係が研究の主軸になっています。19世紀の生徒たちが受けた試験(コンクール・ジェネラル)で受賞したフランス語作文を調査しながら、何か興味深いものが見えてこないか研究しています。この作文はフランス留学中に見つけていた貴重な資料です。過去には、ボードレールが学校で学んだホラティウス、ラシーヌ、ジョゼフ・ベルシューらの詩を模倣して書き換えていること、古典的な絵画作品などを下敷きにして新しい詩を書いていることも研究しました。

ボードレールを研究する以上、日本の詩人たちについても研究せずにはいられません。ボードレールが紡ぐ挑発的かつ魅惑的な詩に傾倒した日本の詩人として、萩原朔太郎、大手拓次などが知られています。彼らがボードレールの作品をどう読み、自身の作品の中に取り入れたのかといったことも研究テーマになります。他には、ボードレールの詩に登場する「鳥」についても論文を書いています。これは友人でもある研究者の誘いを受けて「鳥の詩学」というシンポジウムに参加させてもらったからです。さらに、明治学院大学のプラチナカレッジでは、フランス文学と料理について話をする機会ももらいました。フランス料理を食べるのは好きですが、料理について話すのは初めてだったので入念な準備が必要でした。素晴らしいシェフ(アンフィクレスの河井健司シェフ、ジョエル・ロブションの関谷健一朗シェフ)と対談をさせてもらって大変刺激的でした。最後に、文学研究と教育史研究を専門としている立場からすれば、日本における外国語教育のありかたなどにも興味があり、フランス語教授法の学位もとりました。

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今も生き続ける「詩」を学ぶことの意味

ボードレールの作品を深く掘り下げる一方で、広い意味での文学研究を続けていくことは、ジェンダー論(ボーヴォワール、アニー・エルノー等)、植民地主義、移民問題(セゼール、グリッサン、カメル・ダウド等)、戦争の記憶(カミュ、モディアノ、ソルジュ・シャランドン等)などとも密接な関係を持つことにもなります。文学研究は「語ること」の意義と意味を徹底的に考えるわけですから、あらゆる社会問題と結びついているといえるでしょう。

しかしながら、文学離れや教養の崩壊などが問題視されていることも承知しています。確かに、かつてのように『世界文学』を読む文化はなくなりました。高校生に「詩は好きですか?詩を読みますか?」と聞くとほとんどの生徒が「いいえ」と答えます。しかし、「スマホに音楽を聴くアプリが入っていますか?」と尋ねると、ほぼ全員が「はい」と答えます。皆が聞いているその曲には「歌詞」があって、それも詩なのだよ、と言うと驚かれます。そこから入っていくと、詩の魅力や面白さを理解してもらえることが多いです。実際、ボードレールの詩も歌曲になっているものが多く、現代の歌手がその詩を歌詞として用いている例もあります。

形や方法を変えて、詩は生き続けています。「文学」というと身構えてしまいますし、教科書に載っている勉強と思われがちですが、「文学」は生活の根幹にあるものです。『1846年のサロン』という著作の中で、ボードレールは「あなた方はパンなしでも3日は生きられるでしょう、しかし、詩なしでは決して生きられない」と書いています。当時とは書かれたコンテクストと意味は違いますが、その本質的な意味は今も生きていると思っています。

過去を知れば知るほど、現在をよりよく知ることにつながります。時代、場所、社会状況に応じて言葉のもつ意味や力は変化します。言葉には独自の形、色、香りがあります。それを見分けられるようになるためには多くの文献や調査が必要になりますが、見えなかった世界、今まで知らなかった色や香りを知る感動は忘れられないものです。私は、フランス19世紀の教育や歴史を知ることで、ボードレールなどが書いた詩の背景や文化的土壌を知ることができました。それが最大の面白さと魅力でしょう。そのようなことを知ると、言葉は現在そして未来も変わり続けることがわかります。そういった変遷の中に私たちがいる、と感じることは面白いです。

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研究を通して、全てから解き放たれ、自由に飛ぶことを学ぶ

大学院の授業は少人数で行われるので、大学院生が興味を持っている分野やテーマに合わせた内容をとりあげることができます。予習復習などが学部の授業よりも大変かもしれませんが、質疑応答も活発に行われます。それだけ中身が濃くて身になる授業ができると思っています。授業内容と逸脱することもよくありますが、研究者がどういった事象に興味を持っているのか伝えることも授業の一環になると信じています。ボードレールの詩には「香り」がよく出てくるので、この前は好きな香水などを持ち寄って比較しました。香りを言語化することの難しさや楽しさも知ってほしいと思ったからです。物事の捉え方はテクストとの向き合い方と繋がってきます。大学院生にはさまざまなテクストと向き合うことで、世界の事象に対しても多方面から向き合える力を養ってほしいと願っています。

博士課程を視野に入れている人であれば、フランスに留学することを強くお勧めしますし、研究分野によってはフランスにいる知り合いを紹介します。フランス文学はフランス人にとって国文学です。フランス語を母語としない人にとっては厳しい面もありますが、フランス人研究者とともに研究に打ち込んだ経験は自信につながりますし、その後の研究生活において重要な糧となります。

フランス留学に限らず、大学院進学を迷っているならば、何も恐れず進んでみてください。勉強とは本来、とても楽しいものです。知らないことを知ることは、今まで食べたことのないおいしい料理を食べるようなものです。大学院はいわば、大衆食堂から三ツ星レストランまでのすべてが揃っている場所です。知らないことを知ったら、いろいろな扉が開いていくことでしょう。どの道を選ぶかは皆さん次第です。好きなところに飛び込んでみてください。教員はどのような選択でも、協力して一緒に悩み、考えていきます。

フランス文学科は学部でも卒業論文が必修なので指導をすることには慣れていますが、毎年学生ひとりひとり違うので常に手探りになります。学部であっても大学院であっても通底する最も重要な点は、それぞれの論文を書き終わってより「自由」になれることです。私たちは常に何かに縛られており、思考にはある程度の限界があります。そのことを認識するところから始めます。指導をしているうちに、最初はゴム飛び程度の遊びしかできなかった学生が、いつのまにか美しいフォームで軽々と背面飛びをするようになります。人によっては教えてもいないのに、勝手に棒高跳びをして教員を唖然とさせることもあります。そういう学生たちは、私が研究をしながら体験したように見えなかったものが見えるようになっていきます。世界が一つではなかったこと、自分が眼鏡をかけていたこと、何かに縛られてものを考えていたこと、そういったものから解き放たれた時、自由に飛ぶことを学びます。そういう力はいわば生きるうえで最も重要な力だと確信しています。