消費者法を通して社会の課題と向き合い、挑み続ける面白さ

社会や時代背景と密接に関わる消費者法を研究
私の専門は消費者法です。消費者に関わるさまざまな法律をまとめて「消費者法」と呼んでおり、実は「消費者法」という名称の法律は存在しません。そのため、消費者法だけを専門にしている研究者は全国でも少ないと思います。企業が不当な事業活動をした場合、消費者が不利益を被ってしまうために、消費者保護を目的としてできたのが消費者法です。1962年にアメリカのケネディ大統領が示した消費者保護に関する特別教書が始まりといわれており、60年超の歴史があります。特にEC(インターネット商取引)が普及してからは、状況に合わせてたびたび改正されています。
法律というと、日常生活からは遠いものだと感じる人も多いと思いますが、法律の中でも消費者法は生活に身近な問題を取り上げているので、学生の皆さんも興味を持ちやすい分野だと思います。例えば、近年問題になっている「ダークパターン」という事例があります。ネット通販で1回きりのお試しだと思って購入したら、実は定期購入だった。あるいは、購入時の初期設定でメールマガジンの定期購読にチェックが入っていることに気付かず、商品購入後に大量に店舗からメールが届くようになった、などの問題があります。「ダークパターン」という名前は聞いたことがなくても、これらの事例は思い当たることがあるのではないでしょうか。商品を選ぶまでは、複数のサイトを見比べるなど慎重に進めていても、購入を決めた後は詳細を確認せずに購入ボタンを押してしまうのが、多くの消費者の傾向です。サイトの利用規約も、隅々まで読む人は少ないと思います。
被害の増加を受けて、定期購入やメルマガ購読などの詳細は購入時の最終確認画面に分かりやすく表示するルールになりましたが、残念ながら被害は減っていません。また、近年では認知症を患っている方やデジタルの知識に乏しい高齢者が意図しない製品を買ってしまうなど、高齢化による問題も深刻化しており、対策が議論されています。
このように、消費者法は社会や時代背景と密接に関わっており、表面化した問題に対して消費者を保護するために発展してきました。社会で起こった問題にチャレンジする野心的な分野であることが面白いと感じています。課題意識の強い人には取り組みがいのある分野だと思います。

AI時代だからこそ、自分の手足を動かす重要性が増す
大学院では「法と経営学」専攻に所属しています。この専攻は法律と経営学の両方を学べることが特徴です。学生は専門として法律か経営学のどちらかを選びますが、両方の授業を履修し、学ぶことになります。将来、経営の分野に進むにも法律の知識は必要ですし、法律の専門家も経営学を知っていることは強みになります。それぞれの専門を選択した学生同士が、ともに学び合いながら知識を深められる環境があります。
2年間の修士課程においては、1年目に演習を通して自らの研究テーマを深め、2年目に修士論文を書きます。1年の最初は私から基本知識の解説をしますが、途中からはそれぞれが選んだテーマについて研究し発表してもらいます。授業では和気あいあいと、活発に議論を繰り広げています。私が担当する演習の授業では、推し活におけるグッズ販売の課題や、医薬品の販売方法、SNSを通じたマルチ商法の勧誘、あるいは「駐車場の看板に小さな文字で書いてある契約条件に利用者は拘束されるのか」など、学生たちは幅広いテーマに挑んでいます。
学部生は関心のあるテーマについて調べるだけで十分ですが、大学院生になれば、調べた上で自分なりのアイデアを打ち出す必要があります。大学院の授業では、学生の発表に対して、アイデアを尊重しながらさらに引き出すことを心がけています。私を含め法学を専門にする学生は消費者目線で考えがちですが、経営学を専攻している学生は、企業の目線で問題を捉えており、新しい視点に気付かされることもあります。
先日は、企業が環境に配慮しているかのように装う「グリーンウォッシュ」について、消費者庁が景品表示法により処分したという事例を取り上げました。私を含む法学を専攻する人は、企業の不当な広告が消費者の合理的な商品選択を阻害したのではないか、という目線で検討しがちでした。これに対し、経営学を専攻する学生は、企業のESG戦略の不適切性の問題と捉えた上で、戦略として不適切ではあるものの、だからといって消費者庁が消費者保護の名目で企業にペナルティーを科すのは適切なのだろうか、という問題の立て方をしました。同じ事象・問題に対し、消費者(消費者法)と企業(ビジネス)という異なる観点から光が当てられることにより、議論が立体的になり、同時に格段に深まったように思います。このような知的な刺激・興奮は、大学院の授業の特徴といえるように思います。
近年は学生が生成AIを利用する場面も増えてきました。生成AIでレポートを書いた結果、実際には存在しない法律について記述されているという極端な例も体験したことがあります。過去の論文についても、AIが論点を整理して説明してくれるため、原典をすべて読まなくても理解したような感覚になってしまうことがあるようです。私が2022年4月に教員になってからのこの4年間でも、こうした傾向はさらに強まっていると感じます。
もちろん、インターネットや生成AIは学習を支える便利なツールです。ただ、それらを使うとしても、そこで得た情報を出発点として、自分で文献を確かめたり、考えを深めたりする姿勢が大切だと思います。例えば図書館で文献を探していると、目的の本の隣に関連する本が並んでいて、そこから思いがけず知識が広がることがあります。そうした偶然の出合いが、新しい発想につながることも少なくありません。
大切なのは、どのツールを使うかということ以上に、自分自身の手足を動かし、汗をかきながら、自分の頭で考えて学ぶことだと思います。効率の良い方法が増えている今だからこそ、その姿勢を大事にしてほしいと感じています。
2年間の学びが、有意義な経験として活きる時がくる
私自身は、法学部を卒業後、弁護士資格を取得し都内の法律事務所に入りました。弁護士として活動したのは結局、約4年でしたが、さまざまな貴重な経験をさせていただき、今でもありがたく思っています。弁護士の仕事をするなかで、より直接的に社会に役立つ仕事をしたいと思うようになり、任期付き公務員として消費者庁に入庁しました。消費者庁では9年弱消費者法を立案する仕事に携わり、その後、ご縁をいただき大学教員になりました。多くの巡り合わせにより、20代に思い描いたものとは違う道をたどっています。
学部生の就職活動の時点で明確な進路が決まっていない人は、大学院で学びながら、将来の方向性が見えてくることもあるでしょう。「学びたい」という気持ちがあるなら、ブレーキをかけずに、選択肢の一つとして大学院に進むことも考えてみてほしいと思います。「これを学んだ」と自信を持って言える専門性を得られることが、大学院卒の強みです。特に法律と経営学の両方の知識を持つことは企業にとっても魅力だと思います。
法と経営学専攻修了後の進路について、税理士試験の科目免除があるので税理士になる人が一定数いますが、それ以外の人は一般企業に就職する人が多いです。私の授業を履修した学生では、メーカーや経営コンサルティングの分野に進んだ人がいます。「サッカーチームの運営に関わりたい」という目標を持った学生が、経営とチケット販売などに関連する消費者法の知識を身につけ、卒業後に女子プロサッカーチームに就職した例もあります。
大学3年生の夏から本格的にインターンが始まるなど、就職に関連する活動が年々早まっています。焦る必要はまったくありませんが、時間を大切に使って、大学を卒業したら何をしたいのか、よく考えることが大事だと思います。学生の皆さんの中には、大学で学ぶうちに「もっと学びたい」という気持ちを持つようになった人もいるのではないでしょうか。進路を決めるにあたっては、その気持ちも大切にしてほしいと願っています。
