犯罪捜査を支援する研究開発。「心理学」を強力なツールとして社会貢献のチャンスをつかむ

犯罪捜査や冤罪防止に貢献できる研究
私の専門は司法・犯罪心理学です。捜査、裁判、矯正、更生保護など分野が分かれている中で、私は特に捜査心理学(心理学の知見を犯罪捜査に応用する学問)を専門にしています。例えば、捜査の中で行われる面接の質を高めるための訓練手法や、犯人の特徴や行動パターンを分析するプロファイリング、呼吸や心拍などの生理的反応を測定し事件の記憶を検査するポリグラフ検査など、犯罪捜査の支援につながる幅広い研究テーマに取り組んでいます。
近年、社会問題になっている事案として取り組んでいるのは、児童虐待に関する子どもからの聴取の質の向上です。虐待の相談対応件数は依然として高い水準で推移しています。より正確な情報を入手し、リスクの高いケースを見極めるためにも、被害者である子どもへの聞き取りが重要です。虐待事件の捜査では物的証拠を得られないことも多く、その場合は、子どもの供述が真実を解明する重要な手掛かりになります。
子どもの面接は難しく、特に、年齢の低い子どもは面接官の表情や言動によって誘導されやすく、聞き取りが難しいとされています。こうした子どもたちは、自分が記憶している事実よりも質問者である大人が期待する供述をしてしまう傾向があります。その結果、事実とは異なる証言が生み出されてしまうことがあります。面接者がいかに誘導せずに質問し、より多くの正しい情報を引き出せるかが重要で、そのための訓練が必要です。その訓練を有効かつ効率的なものとするためのアバタートレーニング(AIアバターを用いたシミュレーション訓練)を共同研究者とともに開発・提供しています。
大学で研究に携わってみてあらためて、犯罪心理学は、法律を犯した犯人を逃さないためだけでなく、冤罪を防ぐためにも、非常に役に立つ分野だと感じます。研究成果が実務に直結しやすいので、犯罪捜査に貢献したいと考える人はやりがいを感じられる分野だと思います。

研究を自分ごととして捉え、自走してほしい
「自分の関心をもっと掘り下げたい」「学んだことを現場で活かしたい」と考えるなら、大学院への進学は有意義な選択肢になると思います。大学院の私のゼミを希望する学生とは、事前に面談をして、研究テーマをすり合わせ、入学前にある程度計画を具体化することを大切にしています。1年目から個人で研究を深め、毎週のゼミで進捗を報告してもらっています。研究は仮説を立てて実験し、その結果を検証するプロセスを繰り返していきます。学生が実験として行う模擬面接や、過去の裁判記録を調べて犯罪の動機を類型化し、その妥当性を模擬犯罪実験で検証するなど、研究の方法はさまざまです。近年は生成AIも多く活用します。
アバタートレーニングや虚偽検出のテクニック、目撃者の聞き取り手法、プロファイリングなど、学生たちはそれぞれの興味に応じた研究テーマに取り組んでいます。
修了後の進路は科学捜査研究所(科捜研)の職員や、警察の少年補導職員、家庭裁判所調査官、法務技官など公務員の道を目指す人が多いです。一方で、研究をさらに深めるために、修了後も大学で研究を続ける道を考える人もいます。
科捜研は欠員採用であることが多く、また他の公務員心理職の採用試験も1回で合格するとは限りません。私自身は大学院在籍中から栃木県警の科捜研で働いていて、修士1年次で研究をしながら科捜研を受験し、2年次の1年間は大学院と仕事を両立する形でした。希望進路が明確な学生にとっては、大学院で研究をしながら最適なタイミングを見極め、採用試験にチャレンジできるのも大学院に進学するメリットだと思います。
学部での学びは、「楽しい」「面白い」という経験が大事なので、私もある程度学生たちをサポートしながら研究を進めます。しかし大学院では、自分でテーマを決め、計画を立ててスケジュール管理をしながら研究を進めていくことが求められます。学生たちにはできるだけ自走してもらいたいと考えているので、過剰な手助けをすることはありません。相談された時も、直接答えを与えるのではなく、考え方のヒントを伝えるよう意識しています。自分自身の関心によって選んだ研究だからこそ、「このテーマについては教員よりも自分の方が詳しい」と言えることを目指して取り組んでほしいと考えていますし、そうした気持ちで臨むことで、研究は円滑に進んでいきます。そうして時間をかけて積み重ねる研究がその先の自分の人生や仕事とどのようにつながるかを意識し続けることが大事だと思います。
「好奇心」と「やり抜く力」が、社会に貢献する研究を生み出す
私自身は、中学生までは警察官になりたいと考えていました。高校生の時、ある事件の報道を見て「犯罪が起きて被害者が出る前に何かできないのか」と考えるようになりました。それから犯罪心理学に興味を持ち、大学では心理学を学び、就職先に科捜研を選びました。その後、より広く捜査心理学の研究開発に携わりたいと考え、明治学院大学の教員へ転職をしました。科捜研を退職した後、数年間ニューヨーク大学上海校で研究した経歴もあり、それなりに紆余曲折を経験しています。ですから、将来、科捜研のような犯罪捜査の現場で働きたい学生たちには、実際に我々の研究が現場でどのように活用されているのかを伝えることができます。また、現場で「活用される」研究とは何かという視点から、実践につながる研究の方向性についてアドバイスすることも可能です。
犯罪心理学の研究に携わるために必要なのは、「好奇心」と「やり抜く力」だと思います。身の回りの事象に関心を持ち、「どうすれば課題を解決できるだろう」「もっと良くなるだろう」と考えることが、自身の研究テーマを見つける力につながります。社会に出て仕事をする時も、この好奇心を常に持ち続けてほしいと思います。
そして、犯罪心理学の研究は、数年間かけて一連の研究を実行し論文にまとめる長期的なプロセスになります。思うようにいかないことも多く、投げ出したくなることもあるかもしれません。その際に大事なのが「やり抜く力」です。途中で諦めないためにも「この研究結果を知りたい」という好奇心と、「社会に役立てたい」「広く世の中に伝えたい」という強い意志が大事になります。とはいえ、一人で乗り越える必要はなく、ゼミでは学生同士で支え合う環境があります。学生たちは技術の面でも精神面でも助け合いながら研究を進めています。
大学院には研究発表や活動に対する助成、教員の授業運営を補助することで、教える側として研究の知識を深められるティーチングアシスタントの制度など、成長を支援する機会が多くあるので、ぜひ積極的に活用してください。心理学は、人間が関わるさまざまな出来事を説明し、改善するための強力なツールになります。そのツールを使い、自分の関心を研究に発展させ、社会に還元するチャンスをぜひつかんでほしいと思います。
