明治学院大学
JPEN
2026.10.28

持続可能な未来を拓く“起業家”をいかに生み育てるか

教員
研究
国際学部

世界では今、新たな社会課題を解決する主体として、また経済成長の担い手として、スタートアップやソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)の重要性が高まっています。複雑な社会のニーズをとらえ、革新的な技術やアイデアとビジネスマインドで課題解決を図る起業家の活躍は、これからの日本社会の成長と持続可能性にとって不可欠です。カレ准教授は、ソーシャル・アントレプレナーの事例研究、大学発スタートアップの調査などを通じて、起業家がいかにして社会にインパクトを与えられるかを明らかにするとともに、学生のキャリアの選択肢を広げる起業家教育にも力を入れています。

カレ・プラジャクタ

国際学部国際キャリア学科 准教授

ムンバイ大学経済学部卒業。ムンバイ大学大学院経済学研究科博士課程修了。一橋大学イノベーション研究センターなどを経て、2019年4月より現職。専門は中小企業産業集積論、イノベーションとアントレプレナーシップ、スタートアップエコシステム、社会的起業論。

目次

インドの社会的起業のプロセスを分析

私たちは今、VUCA(Volatility[変動性]、Uncertainty[不確実性]、Complexity[複雑性]、Ambiguity[曖昧性])と呼ばれる不確実な時代を生きています。変化の激しい今日の世界では、新たに生じる社会、経済、環境の問題に政府の力だけで対処することはできません。世界の多様な課題に対して革新的な解決策を生み出し、地域や社会全体に横展開できる存在として、近年、ソーシャル・アントレプレナーシップ(社会起業家精神)を持った人や社会的起業の重要性が注目されています。

ソーシャルアントレプレナー(社会起業家)とは、①社会課題に取り組むことを目的に、②革新的な技術や方法を用いて、③ビジネスの形で継続的に事業を進めていく人をいいます。②と③は一般的なアントレプレナー(起業家)と共通していますが、大きな違いは、①の社会的インパクトを一番の目的に掲げるという点です。つまり社会的起業は、社会へのインパクトを追求しながら、ビジネスによる収益で自立的に事業を続けることが求められ、そのバランスがとても重要です。さらに、新しい価値や方法を生み出すイノベーティブな要素も求められます。


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私は10年ほど前から、インドの教育、衛生といった根本的な社会課題に対して、ソーシャル・アントレプレナーがどのように起業し、問題解決を図っているのかについて、事例研究を行っています。これまでに取り上げた事例の一つに、教育現場で使われる言葉の違いを埋めるための取り組みがあります。

インドには、2つの公的言語(ヒンディー語、英語)と22の指定言語があり、学校教育では州ごとに22言語のいずれかが使われています。ただ、インドにはそのほかにも数百の言語・方言が存在し、場所によっては、普段家族や友達と話している言語とは違う言語で授業を受けなければならない子どもたちがいます。しかし、公立学校の教員は数年で転勤してしまうため、指定言語以外の言語の習得が難しく、教員の力だけでは言語ギャップを埋めることができません。そのため、言葉が分からないまま授業が進み、勉強への興味を失った子どもたちが、学校からドロップアウトしてしまうという課題が生じています。

この問題に歯止めをかけようと、現地のNPOやボランティアのネットワークが、両方の言語を話せる人を雇用して子どもたちの言語ギャップをカバーし、さらにその過程で開発した教材、ノウハウ、研修サービスを販売・提供するビジネスを展開しています。この事業は、単に言葉を“通訳”するのではなく、教育の専門家とも連携して地域の文化や環境に合わせて教科書の言葉を“翻訳”し、より良い教育を子どもたちに届けることに成功しています。こうしたソーシャル・ビジネスの事例を分析し、より広く深い社会的インパクトを生み出す人的ネットワークの在り方などについて、理解を深めてきました。


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大学発ディープテック・スタートアップに注目

また、昨年から、日本のアントレプレナーシップ(起業家精神)やスタートアップエコシステムに関する研究にも取り組んでいます。

日本政府は近年、経済成長とイノベーションの牽引役として、スタートアップの育成を重視しています。2022年以降、「スタートアップ育成5か年計画」の下でさまざまな支援策が実施され、ここ数年は日本のスタートアップの件数も増えつつあります。

しかし、世界各国に比べると、日本のスタートアップはまだ伸び悩んでいるのが現状です。研究では、スタートアップの創業者、支援組織、投資家、大学などへのインタビューを行い、政府の施策やエコシステム構築の取り組みの効果を検証し、スタートアップの成長に最も効果的な支援を特定することを目指しています。

研究の一環として現在実施しているのが、大学発ディープテック・スタートアップに関する調査です。AI、宇宙開発、再生医療、量子コンピュータなどの先進技術(ディープテック)は、世界規模で大きな社会的インパクトを与える可能性があり、研究の担い手である大学からのスタートアップ創出に期待が寄せられています。一方で、日本の大学は、優れた研究と最先端の技術を持っているのですが、事業化の段階で苦戦するケースが少なくありません。研究を通じて、大学発スタートアップにおいて何が事業化のネックになっているかを明らかにし、科学的発見を社会的インパクトのあるビジネスにつなげるため、大学、ベンチャーファンド、政府の施策、産学連携によるより良い支援の在り方を見出していきたいと考えています。


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リソースはふせん1束 どんな新しい価値を生み出せる?

日本の起業件数が伸び悩んでいる背景には、失敗を恐れてリスクを取りにくい社会であること、そして高校や大学での起業家教育の不足があると言われています。そこで私が担当する授業では、学生に起業家のロールモデルや起業の実例を示し、実践的知識を紹介することで、キャリアの選択肢と起業に関する視野を広げたいと考えています。

たとえば、「イノベーション&アントレプレナーシップ」と「ソーシャル・アントレプレナーシップ」の授業では、事例を用いた指導法を取り入れ、さらにプロジェクトの企画・実践を通じて学生自らが起業マインドや知識を学んでいます。

私の授業のプロジェクトは、学生たちがチームを組み、限られた資源から新しい価値を生み出す手法、リスクを取りながら計画を実行する力、チームビルディングなどを実践から学ぶことを目指すものです。これまでにさまざまなプロジェクトを行いましたが、私の印象に残っているのは、「ふせん1束を使って、1週間で価値のあることをする。何を価値とするかも自分たちで定義する」という“ふせんプロジェクト”で、あるチームが企画した取り組みです。彼らはまず、ふせんを持って休日の公園へ行き、そこで初めて出会った人にふせんを1枚渡して、短い文章を書いてもらいました。次に、最初の1人が書いた文章を別の人に見せ、またふせんを渡して「続きを書いてください」とお願いしたのです。それを10数人に繰り返して、最後に一つの面白い物語を完成させました。ふせんだけをリソースとして、偶然公園に居合わせた人たちと新しい物語をつくり、新たな人間関係という社会的価値を生み出す、とてもクリエイティブな取り組みでした。

また、今年、本学部の学生10人が、国連アカデミック・インパクトとミレニアムキャンパスネットワークが実施するリーダーシップ育成プログラム「ミレニアムフェローシップ2026」に選出されました。私は担当教員の一人として、彼らの活動をサポート・指導する予定です。

このプログラムには世界60カ国の330キャンパスから5,500人の学生が参加し、オンラインでネットワークを形成しながら、それぞれがSDGs達成に向けた社会的インパクトのあるプロジェクトを企画・実施します。本学部の学生たちは、横浜キャンパスがある戸塚地域で、子どもたちの居場所づくりプロジェクトを展開する計画です。プロジェクトの実践や各国の学生との交流から新しい刺激を受け、社会課題に取り組む力を高めてほしいと期待しています。


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文理を問わず起業家教育を広げる

大学での起業家教育について、私が今考えているのは、理系文系を問わず、どの学部でも起業を学ぶ機会があれば、日本のスタートアップはさらに成長するのではないか、ということです。

スタートアップの原点には、優れた研究成果や新しい技術があります。しかし、スタートアップ関係者への調査では「研究成果を生かして起業したかったが、ビジネスマインドを持つ仲間が見つからず、諦めてしまった」という研究者の話もよく耳にします。優れた研究者と、アントレプレナーシップやビジネスマインドを学んだ人がチームを組めば、スタートアップが成長する確率はきっと上がるでしょう。大学の中で、たとえば国際学部では「多国籍チームによる起業のノウハウ」を学ぶ、情報数理学部では「自分が研究しているテクノロジーがどう事業化できるか」を考える、というように、“それぞれの学部ならではの起業家教育”の機会があれば、学生たちのマインドが変わり、将来の道が広がるかもしれません。

今後は、研究によってソーシャル・アントレプレナーシップの普及を後押しし、イノベーションが経済的目標だけでなく、社会的・環境的な価値の追求にも貢献する社会が構築されるよう、力を尽くしていきたいと考えています。また、教育を通じて、アントレプレナーシップをめぐる意識、特にリスクを取ること、新しい事業を興すこと、そして失敗から学ぶことを前向きに捉える意識改革に貢献したいです。ただ、私が学生にできることは、プロジェクトなどを通してそうした意識を芽生えさせるところまで。そこから先のステップは、学生自身が切り開いていくものです。社会課題の解決方法は、一つではありません。学生たちには、自らのスキルや経験と大学での学びを掛け合わせ、社会的課題について多くの人とディスカッションしながら、一緒に考えていってほしいと願っています。


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明治学院大学は、研究成果の社会還元と優秀な研究者の輩出により、社会に貢献していきます。

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