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家族、夫婦が互いに尊重し合える関係を築くために

2021.09.14

現代社会では、虐待、夫婦・カップル間のDV、不登校、うつなど、さまざまな問題を抱える家族が増えています。そうした家族の問題を解決しようとする時、個人の心理的問題や悩みだけを見ていたのでは、問題解決に向けた適切な援助をすることはできません。野末武義教授が専門とする家族心理学は、家族や夫婦の関係性の中で、また社会的な環境の中で個人を理解し、援助方法を探っていく学問です。野末教授は、豊富な経験による教育研究と臨床実践を通じて、多様化する家族の問題に向き合い、一人一人が尊重される関係をつくる心理的支援に力を尽くしています。

野末 武義 心理学部長 心理学部心理学科 教授立教大学文学部心理学科卒業。国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了。教育学修士。専門領域は家族心理学、カップルセラピー、家族療法、家族療法と個人療法の統合、アサーション・トレーニングなど。文教大学越谷保健センター相談室、立教大学池袋学生相談所、医療法人社団草思会クボタクリニック、国立精神神経センター児童思春期精神保健部などの臨床現場で経験を積んだ。2004年、本学心理学部心理学科専任講師となり、2014年から本学心理学部心理学科教授。一般社団法人日本家族心理学会元理事長・現研修委員長。日本心理療法統合学会理事。日本公認心理師学会常任編集委員。臨床心理士、公認心理師、家族心理士。20年以上前から児童相談所、教育相談室、家庭裁判所等で心理専門職に対する家族心理学に基づいた援助法の教育・訓練にも携わる。

家族全体を視野に入れた心理的援助

家族心理学とは、親子や夫婦の関係で生じるさまざまな問題を理解し解決するための方法を研究する学問分野です。その中でも私は、家族療法、カップルセラピーの臨床実践を中心に据え、実際に問題を抱えている家族や夫婦に対する心理的支援や、教育、医療、福祉、司法等さまざまな臨床現場の心理職に対する教育・訓練に取り組んでいます。現在、日本の心理療法(カウンセリング)は、そのほとんどが個人を対象とした理論と方法で行われています。たとえば、不登校の問題なら子どもと親を別々のカウンセラーが担当する母子並行面接が主流ですし、夫婦関係の問題についても、多くのカウンセラーは夫婦のどちらか一方としか会いません。

一方、家族療法やカップルセラピーは、個人が抱える心理的問題を解決するために、家族、学校、職場といったその人と関わりのある人や集団との関係性を視野に入れて理解しようとします。不登校になった子どもをカウンセリングする場合、その子の心の問題だけでなく、両親の仲はどうか、学校のクラスの人間関係はどうか、先生との関係はどうか、といった周囲の人間関係も理解した上で、どんな援助が適切かを考えていきます。そして、家族療法やカップルセラピーは、カウンセラーが「子どもと両親」や「夫婦二人」と一緒に会う夫婦・家族合同面接を基本としています。

多くの人の話を聴き支援の方策を探る

夫婦・家族合同面接によるカウンセリングを行うと、個人の心の問題と見えることが、全く違う角度から捉えることができる場合があります。

私は以前、大学の学生相談室でカウンセリングをしていました。その時受けた相談の多くは、「いかに親から自立するか」がテーマでした。実はこの問題を掘り下げると、「学生が親離れできない」だけでなく、「親が子離れできない」関係になっていることも珍しくありません。親が子どもに依存していたり、夫婦関係の不和に子どもを巻き込む三角関係化が起きていたりすると、子どもは親から自立するのが難しくなります。そうしたケースでは、カウンセリングによる学生の援助だけをしていても問題の解消は難しく、親の不安を和らげたり夫婦関係を改善させたりすることで、解決に近づく可能性があります。

また、夫婦・家族合同面接では、たとえば「不登校になっている子どものきょうだい」のように、問題に直接関係がなさそうに思える家族にも面接に参加してもらって話しを聴くこともあります。そうした立場の人は、当事者以上に家族の関係をよく見ていて、理解していることが珍しくないからです。多くの人の話を聴く夫婦・家族合同面接はとても複雑で難しい反面、一人だけと会って話を聴くよりも、問題を多角的に捉えたり、多様な援助法につながるという長所もあると考えています。

さらに、家族療法やカップルセラピーは、個人の問題や病理だけでなく、その人や家族の見えにくいささいや努力や潜在的な強さなど、ポジティブな面にも焦点を当てるという特徴があります。たとえば、カップルセラピーでは、表面に見えている夫婦喧嘩の下に、相手に対する期待や絆を求める気持ちが見えてくることがあります。一見ネガティブな事柄の下に、ちょっとした可能性やその人の努力、愛情が隠れていることがある。そんな見方ができるところも、家族療法やカップルセラピーの魅力であり、面白さだと思っています。

自分も相手も大切にする「アサーション」

家族や夫婦の在り方は多様です。どんな関係を理想とするかはそれぞれにあっていいと思いますが、私は「一人一人がきちんと尊重される関係」を理想的だと考えています。家族や夫婦の誰かが犠牲や我慢を強いられることなく、お互いを尊重し、自分の気持ちや考えを適切に伝え合える関係です。それを実現するために、私が取り組んでいるのが「アサーショントレーニング」です。

アサーションとは、一言で言えば、自分も相手も大切にする自己表現のことです。コミュニケーションにおいて、自分のことを大切にし、自分の気持ちや考えていること、望んでいることを表現することは大切です。しかし、それだけをしていたのでは、人間関係が成り立ちません。自分のことを表現するだけでなく、相手のことを理解し、相手の言い分にもしっかり耳を傾ける。そんなある意味“面倒くさい”コミュニケーションがアサーションであり、自分がストレスをため込まず、相手にもストレスをあまり与えず、お互いに満足できる結果を目指す自己表現といえるでしょう。

アサーティブな自己表現ができるようになる入口として、家族療法やカップルセラピーで行っているのは、一人一人の話を丁寧に聴くということです。私がカウンセラーとして家族のある人の話を聴くということは、同時に、同席しているほかの家族に話を聴いてもらうという意味を持っています。話している人に対して私がコメントするときは、ほかの家族はどう受け取るかを考えながら言葉を選びます。こうしたことができるのは、夫婦・家族合同面接だからこそです。そうした支援を通じて、面接の場で家族がお互いのことを理解できるようになる、あるいは今まで言えなかったことが言えるようになる、それによって関係が変わっていくといいなと思いながら取り組んでいます。

学生や専門家に家族心理学を教え伝える

学生時代に学部で臨床心理学のゼミに所属していたときは、個人心理療法、特に精神分析に関心がありました。個人の心の世界を無意識レベルまで深く探っていく心理療法です。その精神分析の中でも、対象喪失(自分にとって大切な人や物あるいは環境を失うということ)という概念に関心がありました。しかし、精神分析では実際の家族の問題や現実生活における関係の変化を理解するには、物足りなさも感じていました。そして、大学院進学を考え始めた頃、Murray Bowenという家族療法家の「Family Reaction to Death」という論文に出会いました。それによって、精神分析が解明してきた個人の心の世界と、家族の問題や関係との相互影響関係がとてもよく理解でき、家族療法の世界に強く惹かれるようになりました。

心理学の中でも家族心理学はまだ歴史が浅く、専門的に学べる大学はそれほど多くはありません。本学で私が担当している「社会・集団・家族心理学Ⅱ」という授業では、家族心理学と家族療法そしてカップル・セラピーの基本的な概念や理論を教えています。特に、家族ライフサイクル論では、結婚前の独身の段階から将来の家族づくりが始まっていること、新婚夫婦の親密性をめぐる問題、子育てをめぐる夫婦間葛藤などを取り上げて学びます。

学生には、授業やほかの学生とのディスカッションを通じて、自分と家族の関係を見つめ直す機会を持ってほしい。そして、それだけにとどまらないで学問的に家族という存在を理解し、世の中で起きている家族や個人の問題と結びつけて考える力を養ってほしいと願っています。ただ授業では、愛し合って結婚したはずの二人が、どのようにして関係が悪化していくのかといった、私の臨床経験やデータに基づいた話をするので、夫婦や結婚に非現実的な夢を持っている学生は、その幻想を打ち砕かれます。

大学院では、夫婦・家族合同面接場面のロールプレイを中心に行っています。一般的に心理療法のロールプレイは、カウンセラーとクライエント(来談者)との1対1の面接を想定して行うのですが、私の授業では複数の家族メンバーを相手にする場面を想定してトレーニングします。こうしたトレーニングは、大学院のみならず、臨床心理士や公認心理師になってからでもなかなか体験する機会がありません。

教育・訓練という点では、臨床現場で仕事をしている臨床心理士、公認心理師に対する支援も私の重要な役割だと考えています。大学や大学院で家族心理学を学んだ専門家はまだ少なく、家族理解や援助の方法に対する十分な知識がない人も少なくありません。そのため、臨床心理士や公認心理師を対象としたスーパービジョンを行ったり、児童相談所、教育相談室、家庭裁判所などで事例検討や講義を行い、家族の問題を理解し、効果的な支援ができる専門家の育成にも力を注いでいます。

コロナ禍が家族関係に及ぼす影響

昨年来のコロナ禍は、家族や夫婦の関係にもさまざまな影響を及ぼしたと言われています。感染拡大防止を目的とした一斉休校、在宅勤務の増加により、多くの家族は、家という狭い空間に閉じ込められることになりました。普段「一緒にいない」ことで回避できていた葛藤や問題が顕在化し、ストレスが高まってしまうことは想像に難くありません。厚生労働省の統計によると、2020年に全国の児童相談所が児童虐待として対応した件数の速報値は、過去最多の20万5029件(2021年8月末現在)。コロナ禍以前から児童虐待は増加傾向にあり、コロナ禍がどれほど影響を及ぼしているかの検証はなされていませんが、コロナ禍と虐待やDVの増加には少なからず関係があるだろうと思われます。

虐待やDVには至らなくても、コロナ禍で「家族がみんな家にいて、なんとなく息が詰まるな」と感じた方はたくさんいると思います。夫婦や家族のコミュニケーションがうまくいかなくなった時、まず大切にしてほしいのは、少し距離を取ることです。「コミュニケーションを改善する」と聞くと、大抵の方は、会話を増やしたり、共有する時間を増やしたりして距離を縮めようと考えます。しかし、逆にきちんと距離を取り、落ち着いて相手を見たり自分を見つめたりした方が良い場合も多いのです。あまり近づきすぎず、それぞれ一人の時間や空間をきちんと持つことも、良好な関係を維持するには大事な要素です。

ただし、時間や空間を上手に使えるかどうかは、職業や経済状況などによるところも大きいと考えられます。個人の努力ではどうにもならない社会的な問題もはらんでいる点には、注意が必要でしょう。

自分にも家族にも寛容さを持って

最近、「結婚しようか迷っている」「結婚するつもりだけど不安だ」とカップルセラピーを受ける、結婚前のカップルが少しずつ増えています。欧米では婚前カップルに対する心理教育プログラムがいくつかあり、結婚前にこうしたプログラムを受けると、プログラムを受けていないカップルと比べて離婚率が低下するというデータもあります。今後は私も、結婚前のカップルを対象にしたプログラムを実践し、大きな問題が起きる前にきちんとコミュニケーションができる夫婦の関係づくりを支援していきたいと思っています。

また、今の社会で子育てをするのは、本当に大変だと思います。親として間違ったことをしてはいけいない、きちんとした子どもを育てなければいけない、というプレッシャーが強く、親が常に追い立てられている感じがあるのではないでしょうか。また、親は子どもの将来を思えばこそ、期待しすぎてしまう傾向があります。こういう人生を歩んでほしい、この学校に入ってほしい、こういう人と結婚してほしい、という風に。それはもちろん、親の愛情でもあると思います。しかし、親が子どもに期待し過ぎることで子どもが苦しい思いをしたり、夫婦関係や親子関係がうまくいかなくなっている家族が、最近増えているように思います。夫婦や親子が親密な良い関係でいるためには、あまり相手に求めすぎない方が良い、と私は考えています。自分の不完全さや弱さを認めること、そして、相手の不完全さや弱さを認められると、夫婦も親子ももう少し楽になれるのかもしれません。

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