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書評【野生のしっそう─障害、兄、そして人類学とともに】

日常に人類学的な光を当てる

私は大学卒業後に山暮らしを始めた。鶏を飼っており、時々近隣の人たちと老いた鶏をさばく。
そして家族だけでは食べきれない鶏肉を、分け合う。時の流れとともに、私自身はできることが増えてきた。一方、私にさまざまなことを教えてくれた人は年老い、ときに亡くなる。そんな中、わが家には新しい命が誕生した。ありふれた日常である。これは、個人的な出来事以外のなんだというのだろう。

『野生のしっそう』で著者は、こうした個人的な出来事を拾い集めていく。兄の“しっそう”を追いながら、身近な生と死を見つめながら、人工と自然の合間を縫いながら、拾い集めたピースを考察し、記録する。私にとって著者は、難解な話をする先生だった。在学中、何か重要な問いを投げかけられていることのみを理解し、問いに対する思考を巡らせた。ときには議論し、ときには場を共有しながら。

この本を通して、著者が日々の出来事に人類学的な光を当ててきた記録は、あらためて私自身を取り巻く環境を思考するヒントを与え、また新たな問いも投げかけてくれるものであった。

高田夏実(2014年社会学科卒)

野生のしっそう─障害、兄、そして人類学とともに

猪瀬浩平(教養教育センター教授) 著
ミシマ社 298頁/2,640円

白金通信2024年春号(No.518)掲載

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