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消費者法は人々の安全安心を支える社会インフラ

2023.05.09

現代社会で生きる私たちは、何らかの形で毎日「消費」をしています。おこづかいでお菓子を買う子どもも、ローンを組んでマイホームを買う人も、みな「消費者」です。だからこそ、社会では時代ごとにさまざまな消費者問題が起こり、それに対処する消費者法が作られてきました。人々の生活や社会と密接に関わり、誰もが“自分ごと”として考えることができる消費者法。その特徴を生かして、福島准教授は学生とともに消費者が安全安心に暮らせる社会はどうあるべきかを考えています。

福島 成洋 法学部 消費情報環境法学科 准教授慶應義塾大学法学部法律学科卒業。都内の法律事務所で弁護士として働いた後、消費者庁勤務を経て、2022年4月より現職。消費者庁では任期付公務員として約9年間勤務し、法の専門家の立場から消費者契約法などの企画・立案を担当した。専門は消費者法。

消費者の安全安心のために法は何ができるか

私が所属している消費情報環境法学科は、「消費」「環境」などの実社会で直面する社会課題の解決を目指して、「情報」(コンピュータ技術)を活用して学んでいる学科です。法律が学びの中心ですが、法的な解決方法にとらわれることなく、その背後にある政策や政治、自然科学を含めた多様な視点から問題をとらえ、教育研究を行っています。その中でも、私は消費者法の分野を専門とし、「消費者が安全に安心して暮らすために、法はどのような役割を果たすべきか」を大きなテーマとして学生とともに研究を進めています。

消費者の権利やそれを守る消費者法の考え方は、1962年にアメリカのケネディ大統領が示した消費者保護に関する特別教書がはじまりと言われています。消費者法は、1つの法律を指すのではなく、消費者に関わるさまざまな法律をまとめて「消費者法」と呼んでいます。日本では、消費者基本法、消費者契約法、特定商取引法、景品表示法、割賦販売法などが消費者法に含まれます。私は、そうしたすでにある法律はもちろん、どんな法律が存在すべきなのかを考える立法論、消費者問題の法律以外の解決方法としての政策論も研究対象としています。

私たちは毎日何かを消費しながら暮らしています。子どもからお年寄りまで誰もが消費者であり、消費者問題は誰に降りかかってもおかしくない問題です。消費者問題をどう解決すべきかを考えていくと、自分自身の実生活とつながることが多くあります。身近な問題だからこそ、考え方に個人個人の価値観が出やすいという特徴もあり、学問領域としてとても面白い分野だと思っています。

霞が関から大学教員という新たな世界へ

私が消費者問題や消費者法と深く関わるようになったのは、消費者庁に任期付公務員として勤務するようになったことがきっかけです。

消費者法の多くは、消費者が不利益を被るような社会問題が起きた時、その解決を図るために生み出されてきました。いわば「場当たり的」に法律が作られてきた側面があるのですが、消費者庁で実際に法律の立案を担当しながら、そのライブ感こそ消費者法の面白さ、魅力だと思うようになりました。

しかし一方で、消費者法は民法や刑法に比べるとかなり歴史が浅く、場当たり的に作られてきたが故に、学問研究がまだ十分とはいえないという課題があることも感じました。将来にわたって良い消費者法が作られ続けるためには、今のうちに学術研究をさらに充実させていく必要があると考えたことが、消費者庁を辞めて大学という新たな世界に飛び込んだ理由です。

また、法律は「作ったらそれでおしまい」というものではありません。ユーザーである私たち一人一人が、法律をきちんと理解して使うことで命が吹き込まれます。法を作る側として働きながら、法の使い手、担い手を育てる教育の大切さも感じることが多く、その点でも若者の教育を担う大学教員という仕事にやりがいを感じています。

霊感商法の被害救済新法は「劇薬」

消費者庁で長年、消費者契約法を担当していたこともあり、現在は取引(契約)に関するテーマで研究や論文執筆を行っています。最近では、賃貸物件の家賃保証において賃借人(消費者)はどこまで保護されるべきか、約款(利用規約)の事前開示は常に必要なのかといった問題に焦点を当てた論文を執筆しました。

消費者問題には、その問題を引き起こす原因となった社会的背景があり、多くの場合、不十分かもしれませんが、その問題に対応する法律があります。たとえば今、社会的に大きな注目を集めている消費者問題に、霊感商法があります。昨年起きた安倍元総理銃撃事件をきっかけに大きくクローズアップされ、2022年12月には国会で被害救済のための新法(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律)が成立しました。

私は、霊感商法には大きく分けて2つのパターンがあると考えています。1つは霊感などを利用して人を脅し、恐怖心を生じさせて物やサービスを買わせる「強迫型」。もう1つは悩みやコンプレックスなどの人の弱みにつけ込んで人格を揺さぶり、特定の宗教に没入させることで、自発的に高額の寄附を行うよう仕向けるというものです。このパターンでは、強迫型とは異なり、人間の根本的な人格が歪められている点で、私は「人格破壊型」と呼んでいます。強迫型は既存の消費者契約法で対応できるのですが、人格破壊型の被害については既存の法律では十分な対応ができていませんでした。そういう中で、安倍元総理銃撃事件をきっかけとして、人格破壊型の被害への対応が社会問題となったのでした。

今回の新法では、法人などが寄附の勧誘をする際に「自由な意思を抑圧し、適切な判断をすることが困難な状況に陥ることがないようにする」「寄附者の生活の維持を困難にすることがないようにする」といった配慮義務が定められており、違反した場合は行政処分の対象になります。この配慮義務の創設などによって、新法は人格破壊型の被害の予防という点ではかなり効く法律になったと思うのですが、その反面、“副作用”も大きい“劇薬”になるかもしれないと危惧しています。

新法は、法を適用する対象を「法人等」としています。この「法人等」には、霊感商法と聞いて多くの人がイメージする宗教法人だけでなく、NPO法人なども含まれています。そのため、たとえば慈善団体などが街中で行っている寄附の呼び掛けにも配慮義務が生じることになり、まっとうな活動の萎縮や抑圧というマイナスの影響を及ぼす可能性があるのです。新法には、施行後2年を目処に制度の在り方を検討する規定が設けられています。それまでに“効能”と“副作用”の両方をしっかり見極め、この法律がどうあるべきかを考えていかなければなりません。新法については霊感商法への対策として不十分ではないかという問題意識が目立ちますが、だからこそ、”副作用”も含め、多角的に検討する必要があるのではないかと考えています。

学生自身の問題意識から消費者法を深掘り

大学のゼミや授業は、学問研究と直結していて、そこが高校までの勉強との大きな違いだと考えています。私が論文を書くときは、必ず授業や演習でそのテーマを取り上げて、学生のみなさんと議論するようにしています。論文のテーマなので複雑な話になることも多いのですが、学生と議論をしていると、頭の中が整理されるとともに、視野が広がる感覚もあります。発言してくれた学生の顔を思い浮かべながら論文を書いていると、本当に幸せで、しみじみ大学教員になって良かったと思います。

ゼミでは、学生に好きなテーマで研究や発表をしてもらっています。消費者法の授業で聞いた話と自分の経験を重ね合わせ、そのテーマを深掘りする学生が多く、Amazonの不正レビュー、暗号資産、“別れさせ屋”など、さまざまな問題に焦点を当てた発表がありました。どの学生も自分の問題意識と消費者法を結びつけ、とても興味深い発表をしてくれるので、私自身、いつも大きな刺激を受けています。中でも印象に残っているのが、食品ロス問題を取り上げた学生の発表です。

日本では2019年に食品ロス削減推進法ができ、消費者庁がその担当省庁になっています。しかし私は、食品ロス問題を消費者法の領域で取り上げることには懐疑的でした。消費者法は消費者の安全や安心の確保に主眼を置いていますが、一方で食品ロス削減への取り組みの中には、たとえばスーパーなどで消費期限が近い商品を選ぶ「てまえどり」の推進など、消費者の行動を制限するものがあるからです。

その疑問をゼミで話したところ、しばらくしてゼミ生の1人が、スーパーマーケットでのアルバイト経験を踏まえて、食品ロスも消費者法で取り組むべき問題であることを具体的に、熱く説く発表をしてくれました。私の話を鵜呑みにせずに「本当かな?」と疑問を持ち、真摯に考え、私とは違う意見を堂々と発表としてくれたことに感銘を受けましたし、とてもうれしかったですね。

ゼミ生たちが作成した資料

消費情報環境法学科の魅力とは?

一般的に法学部の学びは、まず法律ありきで、それを学生が理解したり覚えたりするというイメージが強いように思います。しかし、私たち消費情報環境法学科の学びは、そうではありません。社会の中で生きている私たちを出発点として消費、環境などの今日的な問題をとらえ、情報を活用しつつ、問題を解決する手段として法律に向き合っていくような学び方をしています。ですから、はじめにお話したとおり、法律が学びの中心ではありますが、必要に応じて法律以外の分野にも視野を広げて取り組んでいます。教員も学生も、問題解決という目的が果たせるなら必ずしも法律にこだわらない、自由でのびのびした雰囲気があるところが、当学科の面白さであり魅力的なところでもあります。ぜひたくさんの方に当学科で学んでいただきたいと思っています。

一人一人の消費者が安全に、安心して暮らせる世界をつくるために、消費者法は存在しています。消費者法は、電気やガスのように私たちの生活を支えるインフラであり、社会の変化に合わせて常に見直していく必要があります。また、消費者が消費者法を理解し、使いこなせるようになることも大切です。これからも、消費者法の研究と教育を通じて、消費者が安全に安心して暮らせる社会の実現に、少しでも貢献していきたいと考えています。

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